工業用品メーカーが「国内生産に回帰すべき」理由 73年黒字継続中の中小企業から学ぶ生存戦略

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エスカレートする米中対立やロシアのウクライナ侵攻などにより、国際的なサプライチェーンは相変わらず不安定だ。米国は日本とオランダに半導体装置の輸出規制を求め、日本政府はそれに応えて2023年7月に輸出規制を強化した。8月には中国が半導体原料の輸出を規制。海外から部品や原材料を輸入しているメーカーは、気が気でないだろう。そんな状況はどこ吹く風と、創業以来国内生産を貫き、なおかつ黒字経営を続けてきた部品メーカーがある。O(オー)リング専業メーカーの森清化工だ。同社が、国内生産にこだわりつつ成長し続けている要因を解き明かそう。

顧客ニーズに応えるためのロングテール戦略

森清化工が創業したのは1950年のこと。商品へのこだわりを貫き、液体や気体が流れるすべての場所に必須な部品、Oリングに特化して事業を展開してきた。単一商品化すればコスト削減や品質向上を図れるため、リソースが限られている中小企業としてはまっとうな戦略だ。実際、同社は黒字経営を続け、2021年度の売上高は過去最高を記録。前年比で18%増を達成するなど好調を維持し、73年連続の黒字を成し遂げた。

森清化工の売り上げ額の推移
森清化工の売り上げ額の推移。2023年度売上高は過去最高を達成する見込みだ

ただ、難しいのは品揃えとの兼ね合いだ。一般的には「選択と集中」を極めるほど、売れる数が少ない商品や利益率の低い商品は切り捨てられて、顧客の多様なニーズに応えられなくなっていく。

その点、同社には確かな戦略がある。Oリングは、サイズに関していえば大口径から極小口径まで、流体に関しては強酸性から強アルカリまで、温度帯は高温から低温までと、ニーズが多様化している。同社はJIS規格品を主軸に、独自に定めた「モリセイ規格」品も含めて8万種類以上のOリングを用意。いわばロングテール戦略で、顧客の要望に合致した製品を供給できる体制を整えている。

森清化工のOリング
森清化工のOリング。飛行機や自動車などにも使われており、万が一製造段階でミスがあれば人命に直結する

しかし、量産規格でない商品をラインナップに加えると、単一商品に特化するメリットが薄れてしまうともいえる。はたして同社は、ロングテール戦略と単一商品化によるコスト削減をどのように両立させているのだろうか。

同社の毛利栄希代表取締役社長が、理由として真っ先に挙げたのは、独自の「モリセイ規格」だ。「毎度、お客様のニーズに合わせてゼロから設計して作ると、さすがにコストがかさみます。JIS規格に準拠した商品を主軸に据えつつ、それ以外でも比較的売れやすいものについては当社独自の規格をつくり、スピーディーに製造、納品できる体制を整えています」。

在庫は「不良資産」ではなく「財産」だ

在庫に対するユニークな考え方も、多品種製造を後押ししている。一般的に在庫は管理コストがかさむため、少ないほどいいといわれる。それゆえ、ニーズが局所的な商品は在庫を持つのではなく、注文が入ってから必要な量だけ製造することが製造業の常識だ。しかし、森清化工は在庫を持つことを恐れない。

「お客様の要望に合わせてOリングを生産した際、端材があれば余分に作って在庫にしておきます。そうすることで、同じお客様から後日数個だけオーダーが入ったときに即納できます。幸い、Oリングは腐らず、サイズも小さな部品なので倉庫のスペースを取りません。私たちにとって、在庫は不良資産ではなく『生きた財産』です」(毛利氏)

森清化工は創業以来ずっと国内生産にこだわってきたが、それが可能だったのは、これらの工夫で同社の経営理念である「高品質・品揃え・即納」を実現しているからにほかならない。

森清化工の千葉工場(千葉県匝瑳市)
森清化工の千葉工場(千葉県匝瑳市)では、掲げられたグリーンの「モリセイ」ロゴが青空によく映える

一般的に、これまでの国内生産品は価格競争力の面で海外生産品に劣りがちで、それゆえ多くのサプライヤーやメーカーが海外生産に活路を求めてきた。地政学リスクが高まる中で安定的に事業を行うには、調達や製造を国内で完結させることが理想的だが、そのリスクに目をつぶって海外進出する企業は少なくない。逆に、国内生産を貫こうとすれば、価格競争を避けられるだけ独自の付加価値が必要だ。森清化工は高品質なOリングを顧客が必要とするタイミングで即納する体制を整えることで、顧客から支持を得てきたのだ。

同社が持つ「高品質・品揃え・即納」という優位性は、安い海外生産品が大量に流入した時代においても揺るがなかった。そして国際的なサプライチェーンの不安定さが増している今、その優位性はますます高まっている。

「国家間対立だけでなく、気候変動や激甚災害など、国際的なサプライチェーンが分断される要因はいくつもあります。ますます地政学リスクが高まる中で頼りになるのは、当社のように国内生産しているメーカー。今後、国内生産の価値はさらに高まるでしょう」

市場が伸び悩むときこそ、専業メーカーの強みが生きる

勢いを増す森清化工だが、気になる環境変化もある。カーボンニュートラルの動向だ。例えば自動車のEV化が進めば、これまでガソリンを送っていた配管は電線に変わる。配管の封止に使われるOリングにとってはネガティブな要素であり、森清化工の単一商品戦略があだになるおそれがある。しかし、毛利氏は冷静に見ている。

「当社は、自動車業界以外にも幅広い顧客を抱えているため、損失は限定的だと考えています。また、社会全体で電気化が進んでも、液体やガスを通す配管はかなりの部分が残るでしょう。カーボンニュートラルの観点では、Oリングの素材や製造方法を環境負荷の少ないものに変えていくことのほうが重要。現在は、そのための研究開発を続けています」

自信を見せる毛利氏だが、Oリング市場がこれから爆発的に成長するシナリオは考えにくいことも事実だ。ただ、仮に市場が縮小トレンドになっても問題ないという。

「Oリング市場が縮小すれば、大手メーカーは撤退の可能性があります。継続する場合も、設備や研究に新たな投資をして商品開発することは考えにくい。一方で当社は専業メーカーですから、専用設備に追加投資して、ニーズの変化に対応しやすい。市場が伸び悩むときこそ、当社の強みを発揮できるはずです」

Oリングという単一商品に絞り、国内生産にこだわる――。森清化工が長年貫いてきたビジネス戦略は、先行きが見通せない時代において、日本の多くのものづくり企業の参考となるに違いない。

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