米国石油業界が採用「ゴムのサムライ」部品の正体 日本の中小メーカーが開発、特殊製品のスゴさ

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巨大産業である米国の石油業界。いわゆる石油掘削4大メジャーの掘削現場では、とある日本の中小部品メーカーが開発・製造するゴム製品の「Samurai-95」が採用されている。日本の中小企業が、なぜ海外でこれほどまでに高く評価されているのか。ゴムのサムライと呼ばれる、その商品に懸ける思いとは。内情を追った。

サムライ魂を込めた「Samurai-95」が海外へ

東京都墨田区に本社を置く森清化工は、機械部品などの隙間を封止して気体や液体の漏れを防ぐ部品「Oリング」の専業メーカーだ。高い基礎技術と安定した対応力で知られ、創業から75年間、一貫して日本企業を主な顧客としてきた。

今、海を越えて石油掘削4大メジャーで活用されているのが、森清化工が開発した特殊なOリング「Samurai-95」だ。過酷な掘削現場で使われる高性能なOリングで、そのクオリティーの高さは米国の大企業も認めている。

日本の中小企業でありながら、米国の石油掘削業界での採用に挑戦し、見事に成功を勝ち取った森清化工。同社の代表取締役社長である毛利栄希氏はこう語る。

「『Samurai-95』のネーミングをしたのは、当社の技術者と現場の人間です。製品の開発に当たっては、目の前にある壁を越え、他社に勝ち、いくつもの認証試験を突破してきました。

世界を相手にしたビジネスは、まさに『斬るか、斬られるか』の状況。その、サムライ魂を込めた商品名です。

長年日本企業を相手にしてきた森清化工が、ついに米国の大企業に向けた挑戦を始めた。その象徴としてとてもわかりやすい名称になったと思います」

元競合他社トップから評価されたことが、挑戦の契機に

森清化工が海外挑戦をすることになったきっかけは、米国の代理店であるMaterial & Design Solutions, LLC (以下、MDS社)から声がかかったことだった。MDS社の代表取締役社長であるAndy Jorgensen氏はこう語る。

「2013年当時、われわれMDS社は石油掘削業界に新規参入しようとしていました。当時、米国ではシェールガスに注目が集まり、掘削市場も活性化していたんです。成長市場として、多くの企業が参入した時期でした。

私の父でありMDS社の会長であるJohnは、以前、世界各国に拠点を置くグローバル規模のシーリング材総合メーカーでCEOを務めていました。いわば、森清化工の競合です。そのときから、森清化工の高品質な商品と技術力、顧客のニーズに対する対応力には驚嘆していました。

今回の新規参入に当たり、米国で操業する石油掘削4大メジャー各社に食い込むには、森清化工の技術力が必要だ。私はそう考え、森清化工とタッグを組みたいと伝えたんです」

Andy Jorgensen氏
Andy Jorgensen

森清化工は、Oリングの専業メーカーとしてグローバル規模の競合他社から高く評価されてきた。それをきっかけに、MDS社からタッグの誘いが舞い込んだというわけだ。

試験「不合格」の結果が、技術者魂に火をつけた

この挑戦は簡単なことではない――。森清化工がそう思い知ったのは、製品の認証試験を受けたときだ。

米国の石油掘削4大メジャーの設備で採用されるためには、前提として大きく2つの試験を突破する必要がある。1つは業界標準となっている規格認証、もう1つは各社が独自に行う試験である。森清化工で技術部部長を務める山田徹氏は、こう証言する。

「第一関門には、ISO23936-2や石油・ガス用途向け世界標準規格『NORSOK M-710』認証があります。しかし、NORSOKの試験は日本国内の試験機関では実施されていませんでした。

まずは高圧・急減圧に耐えうる『対防爆材質(RGD規格適合材)』を使ったプロトタイプを作り、海外の試験機関に送りました。

しかし、Oリングに高圧・急減圧をかける試験を受けたところ、傷がつくどころかOリング全体がぼろぼろに。測定不能なレベルと判定されてしまい、結果はさんざんなものでした」

森清化工 技術部部長 山田徹氏
森清化工 技術部部長
山田 徹

この結果が、いや応なしに山田氏の技術者魂に火をつけた。山田氏は、ぼろぼろになったOリングを分析し、素材の配合を変えながら試行錯誤を繰り返して、新しいプロトタイプを作り上げた。結果、約1年半後にはNORSOKで最高評価を勝ち取り、認証の取得に成功した。

「石油掘削用のOリングに挑戦する前、国内の水素関連施設向けに、対防爆材質のOリングを開発した経験がありました。それは特殊な素材を使った開発でしたから、その過程で得たたくさんのノウハウを、今回の認証取得に転用することができたんです。

当時、水素関連の素材は残念ながら採用に至りませんでした。でも、高圧・急減圧に強いという特性は、石油掘削現場用のOリングと似ています。NORSOKの認証に向けた開発の際、素材の配合などを大いに参考にしました。それが、高品位での認証獲得に直結したと思います」(山田氏)

森清化工の、水素領域への挑戦について詳しくはこちら

米国の石油掘削現場で活躍する「ゴムのサムライ」

森清化工が開発した「Samurai-95」
森清化工が開発した「Samurai-95」。海を越え、過酷な石油掘削の現場で活躍している

そして続く試練は、石油掘削4大メジャーが行っている独自の試験である。その基準は非常に厳しく、突破する難易度が高いことで知られる。

「独自の試験においても結果はさんざんなもので、NORSOK認証が取得できた商品でも、またもや素材の配合から変更する必要性がありました。そのため、再度NORSOK認証から受け直すという、気が遠くなるような挑戦でした。

何度も試作と議論を重ねて、顧客の要求に合うよう工夫しながら、Oリングの性能を高めていきました。試行錯誤を繰り返すうちに、2017年にはついに石油掘削4大メジャー1社目の試験を突破し、採用が決定しました」(山田氏)

こうして採用された特殊なOリングは、「Samurai-95」と名付けられた。その後、ほかの石油掘削4大メジャーでも採用され、支持が広がっていったのである。

「『Samurai-95』が2社目で採用されるまでは、少し時間が空きました。きっかけは、コロナ禍で世界的に特殊素材が枯渇したことです。1社目のお客様に即納できるように商品在庫をしっかりと保有していたため、すぐに対応ができました。

そのことで、森清化工は品質がよく、即納が可能なサプライヤーと認識していただき、プライマリーベンダーとして選んでもらうことができました。『森清化工に任せておけば大丈夫だ』と感じていただけたのでしょう。

そうした経緯もあって、業界の口コミで当社のことが広まり、評価してくださるお客様がどんどん現れました。

私としては、1社目のプライマリーベンダーになれるかどうかに社運がかかっていると思っていましたし、部品のさらなる高品質化に貢献できたことにも手応えを感じました」(毛利氏)

森清化工 代表取締役社長 毛利栄希氏(左)、山田徹氏(右)
森清化工 代表取締役社長 毛利栄希氏(左)、山田徹氏(右)

そして、森清化工が石油掘削4大メジャーをコンプリートしたのは2024年。最初の企画段階から、約10年がかりで達成した快挙だ。

「これほどまでに高性能なOリングが誕生し、米国でも正しく評価されたことを、私たちも感慨深く思いましたね。

森清化工は、専業メーカーとしてOリングに特化した研究開発を重ねてきました。今回の開発に当たっても、長年蓄積してきた基礎技術がベースにあったはずです。さらに、加工技術を実際の製品に落とし込むのにも非常に高い技能が必要です。

また、森清化工は長年、特定の業種に絞らず、幅広い設備や機器にOリングを提供してきました。その過程で培われたノウハウを、石油掘削という特殊な用途にも適用したことで、勝利を勝ち取れたのだと思います。

専業メーカーとして蓄積してきたノウハウと、対応業種の幅広さ。この両方を備えていたことが、成功をたぐり寄せる決め手だったのではないでしょうか」(Andy氏)

中小メーカーが海外挑戦のチャンスをモノにできた理由

森清化工のOリング
森清化工のOリングは、サイズも用途も多様だ。特殊な形状や規格外サイズの製品にも対応しており、物流センターでは10万種類以上の在庫を持つ

1950年に、ゴム長靴メーカーとして創業した森清化工。毛利氏は、今後を見据えてこう語る。

「当社は、60年代にOリングの製造にシフトしてからもずっと、日本のものづくりを支えたいという思いで国内生産を貫き、74年間黒字経営を守ってきました。製品の品質には確固たる自信を持っています。

しかし、当社のOリングが、本当に米国の過酷な石油掘削現場で導入してもらえるのか、当初は正直半信半疑でした。MDS社の両氏の熱意と人柄に押されて挑戦を決めたものの、厳しい品質と納期が要求されるシビアな世界で、中小企業である当社の商品が選ばれるのか……。

日本国内でさえ、大手メーカーには非常に高い参入障壁があります。過去に採用実績がないことを理由に新規参入できない、苦い経験も多々してきました。

そんな状況からスタートし、技術者たちの熱意と全社を挙げた開発、そしてMDS社の伴走を得て石油掘削4大メジャー全社での採用に至ったという、すばらしい実績となりました。

今思えば、競合他社の元トップから認めていただいたことが、すべての始まりでした。John 氏とAndy氏が、ターゲットとなる米国石油掘削業界のニーズや状況を正しく把握したうえで、当社に声をかけてくれた。そして、MDS社と当社がタッグを組んだ新しい挑戦が生まれ、この世に『ゴムのサムライ』が誕生したわけです。

当社の技術者たちの奮闘もあり、こうして無事に、つかんだチャンスをモノにできました。当社の高い技術力と開発に向かう姿勢は、海外の市場でも高く評価されるのだとわかりました。持続的な成長を目指し、これからも技術に磨きをかけて、さらなる高みを目指していきます」(毛利氏)

日本の中小メーカーが成し遂げた、海外市場での成功。その裏には、競合他社が認める高い技術力と、その裏付けとなる専業メーカー独自の基礎技術、そして技術継承への執念があった。

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