世界が驚いた「日本の中小部品メーカー」躍進の訳 高い参入障壁を乗り越えた「品質と独自の戦略」
高い技術力があっても、参入障壁を乗り越えるのは難しい
一般的に、参入障壁の具体的な要素としては、ブランド力や過去の採用実績、規模の経済性といった要素が挙げられる。とくに製造業で、商品開発や研究に多大なリソースがかかったり、特殊な技術が必要になったりする場合が顕著だ。
機械部品などの隙間を埋めるシーリング材「O(オー)リング」の専業メーカー、森清化工も、参入障壁に悩まされた1社だ。Oリングは用途によって仕様が細かく変わるが、同社は約8万種類のOリングを用意し、日本のものづくり企業から“頼りになる存在”として知られてきた。
同社代表取締役社長の毛利栄希氏は、振り返って悔しさをにじませる。
「まったく新しい領域であっても、国内大手メーカーは取引実績のない会社に対して非常に厳しいと感じます。例えば当社は十数年前から、水素関連の機械に使うOリングの開発に取り組んできました。脱炭素社会に向け、水素関連の機械は長期的に需要が高まると考えたからです。
水素ステーションや運搬分野などに使うOリングは非常に高圧な水素を扱うため、特殊なシール材が求められます。当社は高圧・急減圧に対応できる『対防爆材質(RGD規格適合材)』を使った、特殊なOリングの開発に力を入れてきました」
専業メーカーとして培ってきた技術力を基に試作を重ね、納得のいく品質のプロトタイプを作った森清化工。メーカー側のテストを受け、高い評価を得るところまではスムーズにこぎ着けた。
「しかし、メーカーから受ける『現在、どの企業で採用されていますか?』という質問に答えられず、採用には至りませんでした。これまでの試行錯誤がすべて水の泡になり、大手企業における参入障壁がいかに高いかを思い知りました」
国内で独自のポジションを築いている森清化工ですら、実績の壁が立ちはだかり、大手企業への新規参入は難しい。その現実を知ったのだった。
世界規模の巨大企業が森清化工と組んだ衝撃
水素領域への展開はいったん頓挫した。しかし、このとき開発した技術は、別の事業で花開くこととなった。米国の代理店であるMaterial & Design Solutions, LLC (以下、MDS社)から「米国で、石油掘削機器業界に参入したい。一緒に挑戦しないか」と声がかかったのだ。
実は、MDS社のJohn Jorgensen会長はかつて、世界各国に拠点を置くグローバル規模のシーリング材メーカーでCEOを務めていた人物。森清化工から見れば競合他社出身の人間だ。
そのJohn氏が競合メーカーを退社後MDS社を立ち上げ、John氏の子であるAndy Jorgensen氏が営業として入社。そして石油掘削機器業界への新規参入に当たって、森清化工に声をかけたというわけだ。
なぜ日本の中小メーカーとタッグを組もうと考えたのか。Andy氏はこう明かす。
「父はOリングメーカーのCEOとしての経験から、知る人ぞ知る森清化工のOリングが、いかに高品質なものかを熟知していました。また半導体用途で多くの実績があることや対応力の高さから、顧客から厚い信頼を得ていることもわかっていました。日本市場に参入しようとしても、なかなか森清化工の牙城を崩せなかったと聞いています。
森清化工には、技術力と対応力、供給力などの要素が総合的に備わっている。だからこそ、すばらしい商品を作り続けられているのだと思います。私自身も以前から、品質と性能に徹底的にこだわり抜く森清化工の強みを知り、ぜひ提携したいと考えていました。
それで、米国の石油掘削機器業界に参入するに当たり、新たな船出のパートナーとして森清化工を熱望したんです」
「最初は半信半疑だった」気持ちが変わった理由
ただ、最初にMDS社から話を受けた2013年当時、毛利氏は及び腰だったという。
「そもそも当時の当社は、水素の分野で国内大手メーカーに扉を閉ざされたばかり。さらに大規模かつ歴史の長い米国の石油メジャーは、もっと高い壁で水素ビジネスより厳しい品質、納期があるのではないかと思いました。だから、最初は半信半疑だったんです」(毛利氏)
しかし、MDS社とのコミュニケーションを深めるにつれ、毛利氏の考えは変わっていった。
「MDS社は、当社のサンプル開発を粘り強く待っていてくれました。いざサンプルが出来上がると、Andy CEOがいくつもの地域に張り付いて、顧客に製品のよさを説明するために、全米に点在するお客様の拠点を回ってくれました。
彼らが本当に森清化工を評価してくれている、その思いが伝わってきましたね。事業に懸ける情熱や人柄にも感銘を受けました。
また、私自身が渡米してJohn氏やAndy氏と会った際、その人脈の豊かさや営業用のプレゼンテーションの内容、エンジニアとの会話のレベルの高さなどを目の当たりにして、意識が変わりました。MDS社とパートナーシップを組めば、米国の石油メジャーで採用されるのも夢ではないと信じられました」(毛利氏)
もともと想定もしていなかった、米国の石油メジャーへの挑戦。森清化工が大きなビジネスチャンスを得るきっかけは、かつての競合他社の元トップから強く信頼されていることだった。「いい縁は、どこから生まれるかわからない」(毛利氏)ことを示す象徴的な例といえる。
海外実績を引っ提げて、国内でも新領域開拓へ
石油メジャーの設備に採用されるためには、前提として大きく2つの試験を突破する必要がある。1つは業界標準となっているISO23936-2や石油・ガス用途向け世界標準規格「NORSOK」M-710認証。もう1つは、石油メジャー各社が独自に行う試験である。
これらの試験を受けるに当たり、技術面・ビジネス面にはいくつものハードルがあった。森清化工とMDS社はそれを共に乗り越え、2017年には石油メジャーのうち1社で、森清化工のOリングが採用された。
その後徐々にほかのメジャーにも広がり、24年には石油4大メジャーすべてに採用されるに至った。このサクセスストーリーを振り返り、Andy氏はこう語る。
「森清化工は、Oリングの品質と性能の向上に対して、とても真摯かつ献身的に取り組んでいる企業です。石油メジャー各社が独自に行っている厳しい試験をクリアできたのも、森清化工が品質の高いOリングを作っており、しかも試行錯誤を繰り返してブラッシュアップしていける技術力を持っているから。
森清化工との提携を通じて、日本企業のものづくりを米国そして世界中に届けていきたい。その一歩を踏み出せたことは、私たちにとっても大きな喜びです」
森清化工にとっても、米国の石油4大メジャー全社に採用された事実は、単に海外での売り上げが増えたこと以上の意味を持つ。グローバルで認められた実績は、日本国内でも大きなインパクトを持つからだ。
「米国の石油メジャー各社での採用試験では、技術面で非常に多くの苦労がありました。この分野で磨いた技術は、ほかのエネルギー領域でも十分に生かせます。
採用実績がないことを理由に門戸を閉じていたメーカーも、当社のOリングを採用しやすい状況になりました。当社からすれば、いわば“逆輸入戦略”で、かつてぶつかった参入障壁を突破している状況です。
当社は創業から74年間、とにかく日本のものづくり企業を支えたいという思いでやってきました。米国の石油メジャーに採用され、高く評価されるようになった今も、この思いは変わりません。グローバル基準で鍛えた技術と対応力をさらに磨いて、国内でももっと存在感を増していきたいです」(毛利氏)
競合他社からも評価される技術力と、商品の品質の高さ。森清化工はこれらの強みを生かして、国内外に存在する新規参入の高い壁をクリアしつつある。中小部品メーカーとして、これからも日本が誇る「ものづくり」に貢献していく。