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あの「チャップリン」模倣俳優を軒並み訴えたワケ ディズニーが憧れた類いまれなビジネスセンス

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  • 大野 裕之 脚本家、日本チャップリン協会会長

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独特の風貌で一気に人気を得たチャップリンが「模倣俳優」を次々と訴えた理由とは?(C)Roy Export SAS
11月8日にウォルト・ディズニー・カンパニーの決算が発表されました。近年は「ディズニープラス」など、エンタメ界の王座を揺るぎないものにしている。その同社のビジネスに大きな影響を与えた人物こそ、今年没後45年を迎える喜劇王、チャールズ・チャップリンでした。キャラクターの知的財産権確立など、ビジネスマンとしての彼の側面を、大野裕之著『ビジネスと人生に効く 教養としてのチャップリン』から一部抜粋・編集してご紹介します。

ウォルト・ディズニーが憧れた喜劇王

放浪紳士チャーリーと、ミッキーマウス。実写とアニメの二大キャラクターを生み出したチャップリンとディズニーはエンタメ界の双璧ともいうべき存在ですが、これまで両者が比較されたことはほとんどありませんでした。

しかし、実のところ、ディズニーは事実上チャップリンの弟子のような存在だったのです。

ウォルト・ディズニーは小さい頃から12歳年上のチャップリンに憧れていました。俳優になりたかった彼は、小学生の時に地元の「チャップリンものまねコンテスト」で優勝して賞金を得ています。のちに世界一のアニメーション作家になるディズニーが、エンタメの仕事ではじめて稼いだお金は「チャップリンのものまね芸」だったわけです。

「私はチャップリンのすべてのギャグを真似した。彼の映画は、ただの1本も見逃したことはなかった。彼は私のアイドルだった。彼の喜劇、その繊細さ、あれやこれやに私は常に感嘆していた」とディズニーは語っています。

しかし、ディズニーは早々に俳優の才能に見切りをつけ、アニメーターの道を歩むようになります。『キッド』『黄金狂時代』などチャップリンが次々と世界的ヒット作を発表していた1920年代に、ディズニーはアニメーションの製作を始めました。当時、『しあわせウサギのオズワルド』(1927年〜)シリーズがそこそこのヒットを飛ばしたのですが、その著作権をすべてユニバーサル映画社に取り上げられてしまいます。

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【チャップリンがディズニーにした「忠告」】

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