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裁判員制度とアベノミクスの共通点 「公」がズカズカと「民」の奥座敷に入り込んでくる

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  • 軽部 謙介 帝京大学教授・ジャーナリスト
2009年、初の裁判員裁判が始まった東京地裁の104号法廷。中央の裁判官3人の左右に初めて選ばれた裁判員が着席した(毎日新聞社/アフロ)

気になるニュースに接すれば心に波が立つ。「ざわざわ感」が消えない日も多い。

聖書によれば、ユダの裏切りを悟ったキリストは、不穏な空気にざわつく弟子たちを前に「心騒がせるな」と説いたという。

しかし、明鏡止水の心境で一日を終えることなどほとんどないわが身の周りは、「心騒がせること」ばかりだ。とくにこの十年余、胸のざわつきが消えないのは裁判員制度のニュースを目にするときだった。

スタートは2009年5月。随分と時が経ち、裁判員裁判の判決は日常茶飯となった。しかし、導入時から抱いている疑問はまったく消えていない。いや、むしろ強くなっている。

この制度に対しては、「被告人の権利が十分に保証されていない」「死刑判決に加わるのは憲法で禁じる苦役に当たる」「判決後も守秘義務で縛るのはおかしいのではないか」などさまざまな批判がある。重要なポイントだと思う。

しかし、個人的にはそれ以上に、なぜ人々の自由な価値判断に裁判所という公権力が土足で踏み込めるのかと強く疑問に思う。例えばこういうことだ──。

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