[Profile] さくらい・しょうじ 1947年栃木県生まれ。高校中退後いくつかの職を転々とする。67年、強盗殺人事件の容疑者として逮捕され、78年に無期懲役確定。29年間を獄中で過ごし、96年仮釈放。事件から43年7カ月を経て2011年にようやく無実が認められる。
「苦しみに耐えた人が/もし強くなれるのならば/私の強さは無類だろう」。これは「強さと優しさに」と題された詩の冒頭である。自らの強さを「無類」と言い切れる人はそうはいない。だが長い期間、冤罪(えんざい)と戦い続けた作者の半生を知れば、この言葉に誰もがうなずくだろう。
20歳で逮捕され、29年間を獄中で過ごし、再審請求裁判で事件から43年7カ月後にようやく無罪を勝ち取った。ところがその後、がんが見つかる。ステージ4で複数箇所に転移していた。医師に告げられた余命は1年だった。
本書は余命宣告を受けた74歳の著者が今伝えておきたいことを綴(つづ)った1冊である。これが不思議な明るさに満ちているのだ。
1967年8月、茨城県北相馬郡利根町布川で当時62歳の男性が殺害され部屋が荒らされる事件が起きた。同年10月、茨城県警は著者と当時21歳の知人を別件の容疑(窃盗と暴力行為)で逮捕し、自白を強要した。
物的証拠がなく供述内容も矛盾だらけだったにもかかわらず、2人は強盗殺人の罪で起訴され、70年10月、水戸地方裁判所土浦支部で無期懲役判決が下された。最高裁まで争われたが78年7月、上告が棄却され刑が確定。2人は千葉刑務所で服役した。これが「布川事件」の概要である。
自白頼みの裁判には多くの批判が集まった。実際、検察が証拠として提出した自白の録音テープからは、13カ所もの改ざんが判明。捜査は極めて悪質でいい加減だった。
それにしても、著者が味わった艱難(かんなん)辛苦は私のような凡人の想像を超えている。例えば、社会復帰したらやりたいと著者が考えていたことの1つに「闇の中を歩くこと」があった。一瞬、意味がわからなかったが、著者の説明で納得がいった。拘置所や刑務所には闇がないのだそうだ。夜もつねに監視のための常夜灯が点(つ)いている。仮釈放後、肌寒い晩秋の夜空を見上げたという記述に胸を打たれた。
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