天気のいい日にJR東海道線で東京から小田原方面へ向かうと、大船を過ぎて藤沢辺りから車内に陽光が差し込むようになる。オレンジとグリーンに彩られた電車は、古い世代の人には「湘南電車」と呼ばれた。
相模湾のきらめきを受けながらのどかな雰囲気で茅ヶ崎を過ぎ、相模川を渡って平塚に入りさらに西に進むと、花水川という小さな川がある。この川の先、電車は高麗山(こまやま)の緑と大磯の海の間を走ってJR大磯駅に至る。ここまでの停車駅とは異なり、駅前ロータリーもない、ひなびた駅だ。
大磯町は神奈川県湘南エリアの平塚市と二宮町に挟まれた人口3万1000人の街だ。海沿いは、国道1号西湘バイパスと東海道線が東西を横切っている。街の南東部に大磯駅があり、大磯港や大磯海水浴場には駅から徒歩でアクセスできる。
大磯といえば、大磯ロングビーチに代表される海遊びの街というイメージが強い。だが、この辺りの海域は潮の流れが強く、大磯町では大磯港付近の3カ所を除き、沿岸部はすべて遊泳禁止だ。大磯ロングビーチとは、大磯プリンスホテルに併設された、プールなどの遊興ゾーンの名称にすぎない。
街の東海道線の線路から北は、大磯丘陵と呼ばれる丘陵地だ。西湘バイパスが湘南の海を満喫できる快適なドライブウェーである一方、小田原厚木道路のほうは大磯インターチェンジ付近まで来ても、海どころか深い山中に迷い込んだような印象になるのは、この丘陵地の中を走っているからだ。
大磯は明治時代中期から昭和初期にかけて、多くの政治家が避暑避寒地として別荘を建設したことで発展した。伊藤博文の滄浪閣(そうろうかく)は大正時代に朝鮮の李王家に売却されるが、戦後は西武鉄道がプリンスホテルの別館として所有した。吉田茂邸はしばしば政治の舞台となり、湘南の奥座敷とも呼ばれたが、2009年に火災で焼失。再建された現在は、大磯町郷土資料館別館となっている。このほか山県有朋、西園寺公望、大隈重信、陸奥宗光など明治時代を代表する政治家の別荘がこの街に集まっていた。
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