[Profile] Frank Dikötter 香港大学人文学院講座教授。檔案館(党公文書館)資料を利用した研究の先駆者で、サミュエル・ジョンソン賞受賞作『Mao’s Great Famine』(『毛沢東の大飢饉』)をはじめとする10冊の著書は、歴史学者の中国に対する見方や認識を変えた。
1958年から61年まで続いた大躍進政策の失敗により、中国は数千万人の死者を出す。この政策で中国の経済は破壊され、農村部は崩壊してしまう。農民たちは飢え・過労と地方の共産党幹部の暴力に苦しみながら命を落としていった。この未曾有の失政により、毛沢東の権威は失墜するのである。
国家的な危機を受けて行われた「七千人大会」で劉少奇や彭真、彭徳懐らをはじめとする多くの党幹部が毛沢東を批判する。本書冒頭はこの緊迫した党大会から始まる。
老練な毛沢東は、巧妙な自己批判と軍幹部の林彪の助けを得て窮地を脱する。しかし、異常なまでに執念深く偏執狂的な老独裁者は、このときの侮辱を忘れることなく、批判者への復讐を誓う。
本書は、膨大な資料を徹底的に読み込み「大躍進政策」の全貌と中国人民の塗炭の苦しみを暴いた良書『毛沢東の大飢饉』の著者、フランク・ディケーターによる新刊だ。
折しもソビエト連邦ではフルシチョフが前任者スターリンの圧政を非難し「脱スターリン化」路線を打ち出していた。スターリン主義の信奉者であった毛沢東はこの政治的変化を自らの危機と捉える。劉少奇らは自分にとってのフルシチョフではないのか、と。
こうして「中央文革小組」が組織され、妻の江青らを任命して発動されたのが文化大革命だ。党内に潜む「走資派」をあぶり出せ、と学生たちを扇動し、革命を演出することで政敵を抹殺していく。それは自身の権力を盤石にするために社会を破壊し、数千万の国民を犠牲にする行為だ。
毛沢東にあおられた学生たちは各地で紅衛兵を結成、手始めに知識人である教師たちを「走資派」であるとして矛先を向ける。殴り殺される者、焼き殺される者。暴力は苛烈を極めた。革命が広がる中で、紅衛兵は分裂(保皇派、造反派)し、労働者階級による革命組織なども結成される。それぞれが地方党幹部の派閥に付き、これに軍部も介入。政敵や遺恨ある人間に「走資派」というレッテルを貼り、各地で市街戦と粛清が展開される。それぞれの組織には党中央幹部の後援があり、毛沢東は側近の時々の権勢を見極めながら、どの派閥が自分の意に沿っているかをほのめかすことで革命を操る。
この記事は会員限定です
残り 697文字
