2019年の日本・ポーランド国交樹立100周年を記念しスタートした「ショパン─200年の肖像」展が、兵庫と福岡での開催を終え、東京にやってくる(5月12日〜/練馬区立美術館)。クラシック音楽史上にその名を刻む大作曲家たちの中でも、“ピアノの詩人”ショパンの人気は別格だ。ポーランドの民族音楽的なリズムを背景にした美しいピアノ曲の数々は、19世紀、パリのサロンを魅了。繊細で貴族的な風貌と相まってサロンの寵児となったショパンの人気は、21世紀の今もまったく衰えていない。
フランス人の父とポーランド人の母のもとに生まれたショパン(1810〜49)は、7歳にして現存する最初の作品『ポロネーズト短調』を作曲。8歳で初の公開演奏を行うなど、優れた才能によって将来を嘱望される存在だった。20歳でワルシャワを旅立った後は再び愛する祖国ポーランドの土を踏むことはなく、ピアニスト・作曲家として後半生の多くを過ごしたパリで、その生涯を閉じる。亡骸(なきがら)はパリのペール・ラシェーズ墓地に葬られたが、遺言によって、心臓のみがワルシャワの聖十字架教会に納められた。
自筆譜や手紙も展示
個人的な好みでは敬愛するバッハやベートーヴェン、モーツァルトなどとは同列に語れないショパンだが、彼の音楽に震撼した記憶は鮮明に残っている。高校生のときに叔父がプレゼントしてくれたマウリツィオ・ポリーニの『練習曲集』は、その圧倒的な名曲名演によってクラシックへの扉を開いてくれた思い出の1枚だ。LPレコードの帯の「この上に何をお望みですか?」という挑戦的なキャッチコピーも忘れられない。
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