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アシュケナージ引退、その去り際の美学 いずれ必ず答えを出さねばならない難問

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  • 田中 泰 日本クラシックソムリエ協会 代表理事
1980年前後のウラディーミル・アシュケナージ。ピアニストとして一世を風靡した(©Decca)

「旧ソ連出身の世界的ピアニストで指揮者のウラディーミル・アシュケナージ氏(82)が公演活動からの引退を決定」というニュースが、1月半ばのクラシック界を駆け巡った。アシュケナージは、僕がクラシック音楽を本格的に聴き始めた1970年代後半ごろのピアノ界のヒーローだった。しかし、そこに至る道のりは決して順調ではなかったようだ。

55年にワルシャワで開催された第5回「ショパン国際ピアノコンクール」において、絶対的本命とされながら第2位(優勝はアダム・ハラシェヴィッチ)となる。大ピアニスト、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリが結果を不服として審査員を降りてしまったことも今や伝説的な逸話だ。

62年には母国ソ連の首都モスクワで開催された第2回「チャイコフスキー国際コンクール」に出場。今度こそはぶっちぎりの優勝間違いなしと思われながら、英国の伏兵ジョン・オグドンと優勝を分け合うなど、なかなか周囲の期待に応える結果が出せずにいた。

しかしコンクールの実績とは別に、その人気と実力は世間の認めるところとなり、名門デッカ・レーベルを拠点に膨大な量の録音を手がけていく。その特徴は、身長168センチメートルという小柄な体躯からは想像できない、豊かな音色と圧倒的な超絶技巧を駆使した正統派の音楽だ。代表作『ショパン:ピアノ作品全集』などに見られるカタログ的な録音手法は、自分に合うものしか手がけないホロヴィッツやアルゲリッチといった天才肌のピアニストの生き方とは一線を画す、秀才型の典型だったようにも思えてくる。しかしその秀才ならではの“周囲を俯瞰する力”こそが、後に指揮者として活躍する原動力でもあったのだろう。

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