──海外畑の銀行員から国内主体の証券マンに転身しました。
勤務地のロンドンに前の社長(奥村雅英氏)から「頼むから(東海東京証券の社長として)来てくれ」と連絡があった。銀行側は「銀行から離れていく証券会社になぜ行くのか」と猛反対したが、最後は1人で決めた。
──東海東京証券が独立色を打ち出し始めた頃ですね。
東海東京に来てみると、中部に強固な地盤がある一方、旧東京証券の店舗も全国にある。しかも当時の社員の多くは言ってみれば「株屋さん」。「これでは生き残れないかもしれないな」と。
──東海東京と地銀との証券合弁は07年の山口銀行が最初で、次は地銀の雄・横浜銀行でした。
当時(浜銀の)頭取だった小川是(ただし)さん(故人)から「銀行員は証券のことを何も知らない。神奈川県にはものすごく大きな証券のマーケットがあるのにメガバンクにしてやられている。一緒にやろう」と言われた。元大蔵事務次官の小川さんは証券局長も務めたことがあり証券業に明るかった。神奈川に6店あった証券の店舗を(浜銀に)すべて譲渡した。「それくらい不退転の決意ですよ」と。
──証券マンと銀行員とはうまくやっていけるものでしょうか。
銀行員から見ると、証券マンは非常に純真で素直。複雑に考えず、一生懸命働く。うちから銀行に400人くらい出向しているが、「どうせ(銀行員に)いじめられているのだろうな」と思いながら「どうだ?」と聞くと、皆泣きついてくる。「でもそれがビジネスというもの。生きる道はそれ(銀行との提携)しかない。我慢してやるのだ」と語りかけると、出向中の社員から「はい、頑張ります!」と元気な声が返ってくる。
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