その瞬間は間近に迫る。4月1日午前、山中伸弥京都大学教授や作家の林真理子氏など有識者の会議で新しい元号案が示される。意見を頂戴してから閣議が招集され、杉田和博官房副長官が、「新しい元号は××」と告げる。菅義偉官房長官が「よろしいか」と問う。もちろん異論が出るはずもない。次の元号は正午に公表される。
この日の午前中には、全国的に「入社式」が行われている。若者たちを相手に、無数の社長さんが「訓示」を述べる。しかしその中身は、お昼を過ぎれば一瞬にして蒸発するはずだ。「新しい元号」のインパクトにはかなうまい。
その瞬間に多くの人が覚えるのは、感動や満足よりもむしろ違和感であろう。30年前に「平成」という言葉に初めて接したときもそうであった。ただし、すぐに新しい名称に慣れるのも同様であろう。この国は、そういうことを延々と繰り返してきたのだから。
わが国初の元号は645年。そう、「大化の改新」からだ。それから実に1300年以上も経って、平成に至るまでの元号は247もある。昭和のように長いものもあれば、1年以内の短いものもあった。新天皇が践祚(せんそ)したときはもとより、めでたいことがあったといっては替え、縁起でもないことが続くからといっては替えられた。
ただしこの元号、誰がどうやって決めるかは、しばしば権力闘争の焦点となった。南北朝時代には2通りの元号が共存したし、武家政権はしばしば朝廷の元号決定に口出しをした。織田信長が将軍・足利義昭を追放すると同時に、元号を元亀から天正に変更させた事例は有名だろう。
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