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検察の「正義」とは何か ゴーン保釈で浮かぶ疑問

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カルロス・ゴーン被告が3月6日に東京拘置所から保釈された。保釈保証金は10億円。途方もない金額だ。保釈金は、その人物の財力で変わってくるものだという。勾留された被告人がお金持ちならば、保釈には巨額の保釈金を用意しなくてはいけない。

この保釈金は、判決が確定すれば被告人の元に返還されるが、証拠隠滅をしたり、逃亡すれば戻ってこなくなる。つまり、裁判所が被告人からとる“人質”が、保釈金に相当する。裁判所は被告人の資力を値踏みして相応の金額を“人質”としてとるわけだ。

これを人質司法と呼んで批判する人も少なくない。保釈金を支払って解放する問題点より、保釈の手前で長く勾留されていることのほうが異常だという見方もできる。

判決確定前に拘置所で勾留されることは罰を受けるも同然である。ゴーン被告が海外逃亡をすることが懸念されるという理屈付けもできるが、ゴーン氏はまだ被告人であって100日以上の勾留という罰を受けるいわれはない。

検察側にも、勾留期間が長引くほど、有罪にしなくては面目が立たないというバイアスが生まれる。

人を裁くときには、悪を取り逃がす過失と、善を罰する過失がありうる。どちらがより重大な失敗であろうか。

この対立は、正義を貫くことを優先するか、公正を慎重に見極めることを優先するかという選択になるだろう。いずれを選択するのかは当局の価値判断になる。

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