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世事に疎い大学人・浮世離れした歴史屋は、いま流行(はや)りのことばがよくわからない。いい歳になるにつれ、いよいよそんなケースが増えてきた。このたびは「中二病」という言い回しである。
あるいは筆者ひとりの、単なる世間知らずなのかもしれない。それでも何となく、聞いたことのある感覚はあって、けっこうな俗語(スラング)だと思い込んでいた。ジャーナリズムや著述で用いてもおかしくないとは、ほとんど知らなかったのである。そんなわけで、まだ違和感が残るものの、折に触れて意識するようになったためか、最近ようやく慣れてきた。
韓国は思春期にあるのか
語義は文字どおり、中学二年生くらいの思春期・情緒不安定の子女が示す、身のほどをわきまえないわがまま・自己中心的な言動というくらいのことである。成長すればやがてなくなるので、一過性の病症にたとえたわけで、とてもわかりやすい。
だから若者が示す実地の「中二病」の話題なら、別に小欄でとりたてていうこともない。これを譬喩(ひゆ)として用いる論調があるので、しばしば当惑を覚えてきた。ほかならぬ東アジアの業界である。
つまり自己中心ということで、いわゆる中華思想の顕著な中国や韓国をそう形容する場合が多い。とある本には、「何とも自意識過剰な選民思想であり、永遠に治らない『中二病』を患っているよう」と記してある。それは要するに誹謗(ひぼう)のニュアンスで、いわゆる「嫌中」「嫌韓」を示すフレーズとみてさしつかえないかもしれない。
だが、そうとは限らない論点もありそうである。旧知の鈴置高史氏の近著『米韓同盟消滅』を拝読して、そんなことに思い至った。
氏が紹介するのは、「中二病」を髣髴(ほうふつ)させるほどの思春期を経験している、と自国を評する韓国人の言説である。国民国家として青年期にあり、世界からは一人前に扱われず、自信も持ちきれない。そこで自分は他人とは異なる特別の存在だと示すため、常軌を逸した行動に出る、というわけである。
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