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地方分権「三位一体」改革は総論賛成、各論反対の典型 大田弘子 その2(全4回)

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おおた・ひろこ●1976年一橋大学社会学部卒業。生命保険文化センター研究員などを経て2001年政策研究大学院大学教授。02〜05年に内閣府に出向、06〜08年に経済財政政策担当相。(撮影:今井康一)

経済財政諮問会議は各省との縄張り争いの歴史だ。2002年から05年まで事務方で手伝った。財務省とはまず予算編成で争い、次に竹中平蔵・経済財政政策担当相が02年の「骨太方針」策定で「法人税の引き下げを」と切り出した。財務省以外のところで法人税引き下げを具体的に議論するのは初めてのことだった。

財務省は大反対だったが、小泉純一郎首相が「下げる」と明言した。税率を引き下げたかったが、結果的には研究開発減税の拡充という政策税制の形に収まった。

初期の小泉内閣では、塩川正十郎財務相、片山虎之助総務相、扇千景国交相などが自分の言葉で議論し、これが内閣主導なのだと思った。特に地方分権の「三位一体改革」は竜虎の闘いだった。

1999年に地方分権一括法ができたが、財政だけは手つかずだった。小泉首相は「地方でできることは地方で」と指示した。片山総務相は「まず税源移譲を。6対4の国と地方の税源を5対5に」と言う。塩川財務相は「地方交付税制度の改革が先」と反論した。片山さんが「三位一体だ。三元連立方程式を同時に解く」と唱えたため、「三位一体改革」と呼ばれた。

最初に争点となったのは補助金削減。削られると、権限を失うことになるから、どの省庁も削りたくない。だが、小泉さんは「骨太方針03に具体的なやり方を書け」と言った。3年間で計4兆円、初年度に1兆円削減という数字が出てきた。全部で20兆円ある補助金のうち、1兆円を削るのがあんなに難しいとは思わなかった。

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