山梨県南都留郡富士河口湖町は、富士山の北山麓に広がる面積158平方キロメートルの街だ。
町域は東の三つ峠山から西の本栖湖に至るまで東西に長い。富士五湖といわれる河口湖、西湖、精進湖、本栖湖、山中湖のうち、山中湖を除く四つの湖が位置する。
ここは江戸時代から霊峰富士山への登山口として栄えてきた観光の街である。標高が約800~1200メートルと高く、夏が涼しかったことから、明治以降に外国人や富裕層が避暑地としてこの街を好み、多くの別荘が軒を連ねるようになった。
首都圏に人口が集中する中、河口湖は都心から約100キロメートルとアクセスしやすいこともあり、1970年代から80年代にかけて、多くの学生が夏のスポーツ合宿やグループ旅行で足を運んだ。家族連れも避暑に訪れ、ボート遊びや釣りを楽しんできた。
90年代半ば以降、国内の多くの観光地は、若年人口の減少や余暇に対する趣味嗜好の変化などから観光客数が伸び悩み、富士河口湖町も同様の事態に陥った。とりわけ同町は、2006年に合併した旧上九一色村にオウム真理教信者の集うサティアンがあったことで、長く風評被害に苦しんだ。
しかし富士河口湖町はこうした苦境を早くに乗り越えた。97年に街で初めて温泉の掘削に成功。それまで温泉のイメージは乏しかったが、冬場は極端に気温が下がる街だったため、温泉が新たな観光資源となったのである。
今やどの観光地も頼みの綱とするインバウンドについても、99年ごろから韓国、中国、台湾などに積極的に働きかけ誘客をしてきた。
07年には「観光立町推進条例」を施行。街を挙げて観光に取り組む姿勢を鮮明にした。この条例で特筆されるのは、観光政策を「観光地づくり」とするのではなく、「観光街づくり」としたこと。すなわち全住民参加型の「街づくり」を打ち出したのだ。その結果、10年に西湖で発見された幻の魚「クニマス」を模したたい焼きなど、住民の発想による菓子や料理が生み出された。
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