死に向かうとき、人や動物は少しずつ食べなくなり、空腹やのどの渇きを感じなくなる。これは、体が水分と栄養を必要としなくなるからだ。
だがわが国の高齢者は、老衰や病気の終末期に口から物が食べられなくなると、当たり前のように人工栄養(点滴、鼻チューブや胃ろうからの経管栄養)が行われる。そのため高齢者の病院は人工栄養で生かされている何もわからない寝たきりの患者が多くを占めている。
たんの吸引は苦しみを伴い、不快な人工栄養の管を抜こうとする高齢者は、手が縛られる。このような最期を本人が望むはずもない。ある外国人の医師が日本の病院を見学したとき、「日本には物言わぬ寝たきり老人がたくさんいる!」と驚いたそうだ。
われわれが訪れた欧米豪には、「物言わぬ寝たきり老人」はいなかった。この20〜30年の間に欧米豪では、終末期の延命治療を控えるようになった。高齢者は人生の終わりが近づき食べなくなると、わが国のように無理に食べさせられることはない。
オーストリアの首都ウィーンの施設の医師は「食べないことも高齢者の権利」と言っていた。点滴や経管栄養が行われることもなく、食べるだけ飲めるだけで自宅や施設で看取られる。点滴や経管栄養のために病院に通うこともない。何も口にしなくなると2週間ほどで穏やかに最期を迎える。
スウェーデンの認知症患者の施設と病院を2007年に見学したとき、案内してくれた老年科の医師は「スウェーデンでは、20年前は高齢者が物を食べなくなると点滴や経管栄養をしていたが、今はもうしない」と言っていた。私が点滴もしないことに驚くと、「ベッドの上で、点滴で生きている人生なんて何の意味があるのですか」と逆に質問され、われわれは答えに窮した。
その翌年訪れたオーストラリアの施設も、10年前は経管栄養の高齢者がたくさんいたが、訪問時は点滴も経管栄養も行わなくなっていた。
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