長崎県長崎市の西方約100キロメートルにある五島列島の中で、中通島、若松島とその周辺の島々を町域とするのが、同県南松浦郡の新上五島町(しんかみごとうちょう)である。
五島列島は北東部から順に中通島、若松島、奈留島、久賀島、そして列島の中で最大の島である福江島によって構成される。列島の北東部にある中通島と若松島とその周辺を「上五島」、福江島に代表される南西部を「下五島」という。
福江島には五島福江空港があるが、新上五島町にアクセスするには航路が頼りだ。同町の有川港までは、高速船で長崎港から約2時間、佐世保港からは約1時間20分かかる。博多港からもフェリーがあるが、中通島の青方港までは約6時間もの船旅となる。
街の人口は2018年5月時点で1万8525人。人口は50年弱で約4割に縮小した。主な産業は東シナ海に面する好漁場を舞台とした漁業。特産品であるイカやアワビは絶品で、五島の魚はブランド品として名高い。
もともと五島漁業の中心は捕鯨で、その歴史は古い。17世紀に始まり、1884年には島に捕鯨会社が設立され、島の経済は大いに潤ったという。だが1970年代初頭には捕鯨が行われなくなり、長崎や福岡といった都市部へ人が流出してしまった。
捕鯨とともに、新上五島町の歴史のもう一つの象徴といえるのが宗教だ。1566年にイエズス会のルイス・デ・アルメイダ宣教師が五島列島にキリスト教を伝えたとされ、当時の領主、宇久純定が洗礼を受けキリシタン大名になるなどして浸透した。五島では当時、キリシタンの数は2000人にも及んだという。
1613年、江戸幕府により禁教令が発せられ、キリシタンの歴史はいったん途絶えたが、1797年に大村藩からやってきた開拓民に潜伏キリシタンが多く含まれ、人目につかない山間部や隠れた入江などに集落を構えた。明治時代が近づくとキリスト教は激しい迫害を受け、1868年には約200人の信者が幽閉されて約40人が亡くなる「五島崩れ」と呼ばれる悲惨な事件も起こった。
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