「伊藤さんは、勝つんですよね?」
「はい」
「相手がどんな人であっても、勝つんですか?」
「世の中、いろんな人がいますから。でもまあ、刃物があれば大丈夫でしょう」
「どんな人でもですか?」
「そうです」
「本当ですか? すごいですね。ものすごいですね」
これは、私が特殊部隊を辞めて、ミンダナオ島を拠点にしていた頃、日本でベンチャー企業に向け経営戦略に関するワークショップを開いた際の懇親会での会話だ。
このとき、隣に座っていた方が、企画会議などで同僚と意見が分かれて議論になると、時折それがヒートアップしすぎてケンカになりかけるのだという。それで私に、勝ち負けの質問をしてきたのだった。
私の答えに、その人が何度も「すごい、すごい」と言うことに、強い違和感を覚えた。
彼が使っていた「勝つ・負ける」という言葉と、私の使っているそれとの意味は次元が違う。彼にとって「勝つ」とは、自分は無傷で、相手だけにケガともいえない程度のものを負わせることであり、「負ける」とはその逆である。
一方、私の意味する「勝つ」とは、相手を殺(あや)めることであって、「負ける」とは、相手に命を奪われることである。だから極論を言えば、両者が共に死んでしまっても、自分の目的は達成しているので「勝利」なのである。
そもそも、彼は相手に重傷を負わせるとか、ましてや死に至らせようなどとはまったく考えていない。一方、私は始める以上、ケガとか重傷とかでやめる気はない。そんなことでやめるのであれば、最初から実力行使には出ない。
この記事は有料会員限定です
残り 576文字
