有料会員登録 東洋経済オンラインとは
政治・経済・投資 #平成経済の証言

「壊し屋」小沢一郎氏は政策通の側面もあった 藤井裕久 その2(全4回)

3分で読める 有料会員限定
ふじい・ひろひさ●1955年大蔵省(現財務省)に入省。77年参院選初当選、参院2期、衆院7期。小沢一郎氏と行動を共にし、細川護煕政権、鳩山由紀夫政権で蔵相(財務相)を務める。(撮影:梅谷秀司)

細川護煕首相は8カ月で辞任し、1994年4月に羽田孜首相が登場した。そのとき、蔵相だった私は国際会議でワシントンにいた。「帰ってこい」と言われ、帰国をしたら、羽田さんから「続けて蔵相を」と言われた。

だが、羽田内閣は社会党の連立離脱でいきなり危機に直面した。私は羽田さんに頼まれ、同じ神奈川選出の社会党の伊藤茂運輸相に接触したが、「党が決めた。勘弁してくれ」という話だった。

94年6月、自民・社会・さきがけ連立の村山富市首相となる。5%への消費税率アップを決めた。私はまことに結構なことだと思った。小沢一郎さんは、消費税は目的税にという考えで、私も正しいと思ったが、村山さんはそういうことは一言も言わなかった。

その後、橋本龍太郎首相を経て小渕恵三首相に代わった。小渕内閣は99年1月に私たち自由党と連立を組んだ。党首の小沢さんから「消費税を目的税に、と言ってこい」と言われ、私は宮澤喜一蔵相に話をした。宮澤さんは「自民党にはまだ消費税を目的税化する考えはないけど、君らも与党だから敬意は表するよ」と言って、予算総則に「消費税は主として社会保障に使う」と書いてくれた。

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

政治・経済・投資

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数