金井清一プロが、日本プロゴルフ殿堂の第6回顕彰者となった。金井さんは、誰彼なしの“聞き魔”だった。「ねえ、ちょっと教えてくれない?」「ちょっと僕のスイング見て、どう思うか教えてくれる?」と、すでに何度も優勝した後でも、そうやって聞くのである。僕もよく聞かれて、どう答えていいのか戸惑ったことがある。「金井さん、僕は、プロじゃないんですから」と言っても、客観視できるんだから、と聞かれた。
実は金井さんは、ジュニア時代からプロを目指し……という昨今のパターンとは、かなり懸け離れてプロになった異色のプロゴルファーだ。
「自分が育ったあの環境は、秋葉原の電機メーカーのビルの屋上にあった鳥カゴの練習場でした。私の出身地は新潟で、冬になると音もなく降り続ける雪が、大地を深く埋めてしまうような山の中でした。小学校まで毎日、片道4キロメートルの道程を1時間かけて通っていたのですから、今では信じられないことだと思います」
小学校6年のある日、組み立てラジオが1000円で買えるという話を同級生から聞かされたのが、秋葉原の廣瀬無線電機入社のきっかけだった。
「この1000円を当時稼ぐのが大変だったんですよ。まず、縄をなうんですよ。1束100円。その1束が30メートルくらい、いや50メートルくらいあったかなあ。ともかくそれを毎日、必死になってようやく7束までこぎ着けた。1束分なうのに1日はたっぷりかかるわけですからね。その7束までいったとき、おばあちゃんが可哀想がって、小豆を3升くれたんです。1升100円ですよ、やっぱり。それで、縄7束と小豆3升を背負って、雪の中を2時間か3時間かけてラジオ屋に行ったわけです。家に戻って、さっそくラジオと格闘した。説明書を見ながら部品を1台分に集めて、作った。けれども鳴らない。格闘しましたよ」
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