「おい。ほうきを持ってこい」
海上自衛隊内であれば、そこが艦艇部隊であろうと、航空部隊であろうと、潜水艦部隊であろうと、どこにでもほうきがある。「清掃用具格納庫」と呼ばれるロッカーに一式が入っており、扉の裏に、ほうき、ちり取り、内舷(ない げん)マッチ(ぞうきん)、ソーフ(モップ)、オスタップ(バケツ)が何個格納されていなければならないか、その清掃用具はどのエリア用のものなのか、といった内容が明記されている。
幹部でもないかぎり、着任したその日から掃除は必ずさせられる。だから、清掃用具がどこにあるかは誰もが絶対に知っている。
特殊部隊の場合は、着任したばかりの者でも、言われればそれを30秒以内に持ってくることができた。
「ほうきを持ってこい」
「持ってきました」
「バカかおまえは? 何でほうきだけ持ってきたんだ」
「えっ? 持ってこいと言われたからです」
「俺が、ほうきを何に使うと思ったんだ」
「……」
「掃除のためには、ちり取りや内舷マッチも必要だろう。なぜ、ほうきだけ持ってきた」
「……」
「何か高い所にあるものを取るためなら、ソーフの柄のほうが長いだろう。言われたことをそのままするのはやめろ」
一見、理不尽に思える会話だが、これは特殊部隊員としての教育が始まる者に対し、任務分析を習慣化させるための常套手段だった。
この記事は有料会員限定です
残り 522文字
