有料会員登録 東洋経済オンラインとは
政治・経済・投資 #平成経済の証言

産業再生機構は当初、住友系の案件ばかりだった 斉藤 惇 その2(全4回)

3分で読める 有料会員限定
さいとう・あつし●1939年生まれ。1963年慶応義塾大学卒業、野村証券入社。95年副社長。2003年に産業再生機構社長。07年に東京証券取引所社長。17年から日本野球機構会長。(撮影:尾形文繁)

産業再生機構の仕事は、言ってみれば敗戦処理のようなものだった。銀行が膨らませてしまった不良債権を引き受け、処理と再生を速やかに行う。

2003年から07年までの活動期間で100社近い案件が持ち込まれて、実際に41社の再生を行った。予定よりも1年早く、活動を収支プラスで終えられたことを誇りに思っている。

再生機構では、外資系企業や会計事務所、法律事務所から集まった精鋭が尽力した。一時は延べ150人以上いたと思う。

当初は銀行からの出向者が多くいたが、「銀行の問題を解決するのになぜ銀行の人間を入れるんだ」と銀行出向者には帰ってもらった。そんな経緯もあって、銀行とは非常に“緊張した”関係の滑り出しとなった(笑)。

再生機構は銀行から案件が持ち込まれて初めて支援に動く。最初は銀行が警戒してなかなか案件を持ち込んでくれなかった。マスコミに痛烈に書かれたよ、仕事のない連中だと。

そんなときだった。「斉藤君の所には優秀な人がいっぱいいるんだよな」と三井住友銀行頭取だった西川善文さんが声をかけてきた。「いるよ」と返すと、「国のカネで働いている人たちだよな」と言うから、私は「そうですよ」とうなずいた。「だったら俺、使うわ。コストセーブになる」と西川さんが活用の口火を切ってくれた。

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

政治・経済・投資

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数