米バージニア州シャーロッツビルで、ネオナチが白人至上主義を叫びながら行進するというショッキングな事件が起こった。引き金となったのは、南北戦争時代のリー将軍の銅像撤去問題だった。リー将軍は米政府との独立戦争で、奴隷制を維持すべく南軍を率いた指揮官。馬にまたがった将軍の像は、黒人差別が露骨だった1924年に作られた。
この事件に触発され、英国では、奴隷貿易を支持したネルソン提督の像を、ロンドンのトラファルガー広場から撤去せよと主張する人々が現れた。英オックスフォード大学では2年前にも、アフリカで植民地政策を推進したセシル・ローズの銅像撤去を求める運動が起きていた。現代では帝国主義は有害と見なされている。
こうした運動の背景にあるのは、像を破壊すれば、それを連想させる問題も解決されるという発想だ。その極端な事例は、半世紀前に中国で起きた文化大革命だろう。紅衛兵は仏教寺院を破壊し、儒教の書物を焼き払ったのだ。
この種の偶像破壊を非難するのは簡単だ。だが、事はそれほど単純ではない。第2次世界大戦後にドイツがヒトラー像を撤去したのは、子どもじみた過ちではない。89年以降の中欧、東欧におけるソビエト指導者の像も同様である。
われわれが今問われているのは“線引き”だ。人々の記憶が鮮明で、生き残った犠牲者に苦痛を与え続けているような問題人物の記念碑は撤去せねばならず、それより古いものは残すべき。そうした議論はありうるだろう。一方でヒトラー像を残すべきとの主張は、時間を経ても説得力は増さない。
米国南部にはこんな意見も多い。南北戦争時代の南部連合に関する記念碑は、過去を伝える「遺産」として保護されるべきだ、と。
ここにある問題は、歴史はいつも中立とは限らないことだ。過去を語り、文化遺産の中に記憶をとどめる行為は、自身を共同体としてどう見るかという問題につながる。そこでは国民の総意が必要だが、総意など普通は存在しない。特に内戦状態のような国では。
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