「艦長、風にあおられてます!」
「ぶつかります!」
「どうするんですかっ!」
私が配属されていた艦艇は、北海道の民間港へ補給のために入港しようとしていた。私は航海長だったがまだ27歳で、海と艦艇というものがようやくわかってきたような頃だった。そんな若造を育て鍛えるのは艦長の役目だが、なんと艦長は艦艇に乗った経験が私とほとんど変わらず、教育というものができなかった。艦長の代わりに私を鍛えてくれたのは、大先輩のベテラン幹部だった。
「艦長繰艦!」
と艦長は宣言した。操縦する権限を航海長から自分自身に移したのだ。いよいよ着岸で難しいときだったが、操縦から解放された私は、入港後の燃料や食糧の搭載量を確認しようとしていた。
艦長が生ける屍に
危機というものは、すきを決して見逃さない。私が視線を下げたのはほんの4、5秒だったが、その瞬間に突風が吹いた。視線を上げると艦は行ってはいけないほうに艦首を向けている。その先には大型貨物船が停泊しており、大きな鉄の塊がどんどん目の前に迫ってくる。
驚いて艦長のほうを見ると、艦長は隣のベテラン幹部から、助言でもなく、報告でもなく、罵声に近い怒号を浴びていた。目にうっすらと涙を浮かべ、瞳孔が開いている。まさに生ける屍、初めて見る極度のパニック状態の人間だった。
私は、衝突の危機が差し迫っているにもかかわらず、茫然と立ちすくむ艦長に、どういうわけか何ともいえないいとおしさを感じた。
ゆっくりと艦長の後ろに回り込み、身体を寄せ、肩を両手でそっとつかんだ。耳元でゆっくりと「艦長、いったん引っこ抜きましょう(艦をバックさせること)」と話しかけると、艦長は驚くようなスピードで4回もうなずいた。だが、そこで動きは停止し、再び固まってしまった。
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