私は中学・高校が進学校だったが、成績は6年間、下位5%から出たことがなかった。その6年間で痛感したのは、勉強ではここにいる残り95%に勝てないということ。自分が生き残るには何か別のことをしなければいけないと学んだ。
何度も何度も、本当に自分なんかいないほうがいいとか、生きている意味があるのかと考えた。大学時代に同級生が心中して、私も彼が恋人と死んだビルの同じ場所に立ってみた。でも、飛び降りられなかった。
大学卒業後、29歳で上場会社の執行役員になったが、32歳になる年にその職から降ろされた。誰でも見える形で辞めさせられるのはとてもつらかった。なぜ役員から降ろされたのか。ロジカルシンキングや簿記会計の知識がないからだと考え、MBA(経営学修士)の本を買ってきて勉強してみた。最低限の知識は身に付いたが、結局そこに自分の強みはなかった。
その後、まったく未経験だったが、日本のアパレルの在庫を買い取り、ベトナムで販売するビジネスで起業した。在庫が10あるとすると、2しか売れない。残りの8をいかに現金化していくのかが経営の肝だったが、そういうことがまったくわかっていなかった。その会社では、日本の担当役員に取引先を丸ごと持って出ていかれるということも起きた。
これまでいろいろと遠回りした分、消去法で足場を固めてきた。勉強はできない。死ぬこともできない。いろんなものの中で、自分にとってあきらめきれなかったのが経営だった。踏ん張り続けたからこそ、私は今ここにいる。
失敗するほどでないと不健全
ありきたりだが、失敗は次の成功のチャンスだ。失敗をするくらい挑戦している状態でないと、起業は不健全になる。自分にとって失敗の可能性があるような、非連続なチャレンジをし続けないかぎり、成功は生まれない。失敗はある意味、自分が起業家としての挑戦をしているかどうかのバロメーターになる。
この記事は有料会員限定です
残り 689文字
