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森の木は墓だ、マンケルの遺言 生者が記憶するかぎり死者は生きている

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若い頃、北欧文学に夢中になった時期がある。特にクヌート・ハムスンの『飢え』には取りつかれた。最近の北欧ミステリーの盛況ぶりを見ていると、若い頃のめり込んだ感動と現在との間に、断たれることのなかった一筋の水脈を感じる。

好きな作家の一人、ヘニング・マンケルの『霜の降りる前に』(上・下)を読み始めて、早くも上巻で魂がゾクッと喜びの身震いをするのを体感した。その体感を長続きさせるために、普段は自制している「訳者あとがき」を先に読んでしまった。ここでもショッキングな発見があった。

書き出しに「2015年10月5日、ヘニング・マンケルがスウェーデン西海岸のヨーテボリで亡くなった」とある。67歳だった。私より21歳下だ。私はシリーズ第1作である『殺人者の顔』以来、イースタ警察署の刑事ヴァランダーに親近感を持ち、翻訳されるたびに読み続けてきた。お国柄だろうが、“寒気”の中で育まれた人間味に、毎作ごとに“生きるうえでの新発見”をするからだ。

『霜の降りる前に』は、ヴァランダーと娘のリンダの父娘物語だ。娘が警察官候補生という親子2代にわたる警察官ものだ。しかしだからといって二人は完全に理解し合っているわけではない。父は他人に「人はすぐ近くにいる人間が本当はどう感じているか、わからない事がよくあるものですよ」と語る。そばにいた娘はすぐ(自分のことだ)と悟る。近くて遠い父娘の仲、“寒気”の一つだ。そして実は私はマンケルのこういう寒気が好きなのだ。

上巻で発見した今回のマンケルの人生観は、ヴァランダーが「森は俺の真の墓場だ」と告げ、その墓場に娘を連れていったシーンにある。林立する木の一本一本を指差し、「この木は誰の墓、あの木は誰の墓」と、娘も知っている故人の名を告げる箇所だ。衝撃を受けた。

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