「黙っていれば名を呼び追えば逃げる」というのは、太宰治が女性についての感懐を述べた言葉だ。これは何についてもいえる。仕事も同じだ。韓国ドラマではよく愛の成立を“両思い”というが、正しく両思いでなければ仕事もうまくまとまらない。“片思い”の間は両思いになるまでじっと待つより仕方がない。待つには強い忍耐心がいる。
この忍耐心を一つの理念とその実践方法として提示したのが、『葉隠』という江戸時代の本だ。『鍋島論語』とも呼ばれる。
藩主の死に遭遇して殉死を願い出たが拒否された、山本常朝という佐賀藩鍋島家の武士がいた。失意のまま山本は退隠し、城外金立山のふもとに小さな庵(いおり)を建てて住んだ。近くに、秦から不老不死の薬草を求めて海を渡ってきた夢追人・徐福の墓がある。墓があるのはついに不老不死の薬草を発見できなかった、ということか。山本は不完全燃焼のまま失意を抱いていた。亡主への片思いだ。
そんなとき田代陣基(つらもと)という武士が訪ねてきた。藩主の祐筆だったが過ちを犯して退けられた。失意の先輩、山本を訪ねて慰めを得ようとしたのだろう。“黙っている”山本に声をかけたのだ。二人は句を詠んでこのときの出会いを喜んだ。「浮世から何里あろうか山桜」(山本)、「白雲や只今花を尋ね合ひ」(田代)。失意が動機で両思いになった二人のすさまじい“花の尋ね合ひ”が始まった。
田代の怒濤のような問いに山本も激浪のように応じた。田代はこれをメモした。『葉隠』は山本の口述、田代のメモによって成立した。しかし決して二人の私的失意を相乗させるボヤキの書ではない。「武士とは何か」という主題から、「忠とは何か」にまで迫る追究の書である。「忠とは忍ぶ恋である」。つまり「片思いである」と喝破するのだ。当然すさまじい忍耐心が求められる。山本は佐賀藩における武士たちの忍耐の例を限りなく示して、“忍ぶ恋”の汗と涙を主張した。
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