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政治・経済・投資 #為替ショックが来る

為替に悩んだ国民政府 80年前の「米中協調」 経済の対外開放をめぐるジレンマ

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中国人民銀行の源流の1つ「陝甘寧辺区銀行」跡地。インフレ対策が人民元の原点だった

為替と資本取引のコントロールにより、国内市場と海外を遮断している中国。完全にオープンだった時代を探すとすれば、80年前までさかのぼらねばならない。

1929年の大恐慌後、世界経済の中で中国は例外的な「勝ち組」だった。世界の主流が金本位制だったこの時期に、中国は銀本位制だったためだ。19世紀末から銀価格は長期にわたり下がり続け、中国は緩やかなインフレと対外為替レートの低下を享受できた。特に大恐慌後には銀価格の低下が加速した。

ところが英国はじめ主要国が金本位制を離脱して為替レートを切り下げると、それまでの流れが一気に逆回転を始めた。銀価格が上昇したことは中国の輸出に逆風となり、海外からの投資も減少した。追い打ちをかけたのが、米国が国内の銀産地を保護するための「銀買い上げ法」を34年に施行したことだ。その直後から銀が海外に大量に流出したことで、中国は深刻なデフレに苦しんだ。

大規模な資本逃避に直面したことで、中国を統治していた国民政府の指導者は貨幣制度の抜本改革の必要性を強く認識した。東京大学大学院経済学研究科の城山智子教授は「国民政府は海外からの資金流入がいかに重要かをよく理解しており、それを保つために為替レートを安定化させる政策を最優先した」という。

そして当時の中国が選んだのは、銀の市況に左右される銀本位制を離れることだった。外貨との自由・無制限な兌換を保証した、中国史上初の紙幣による統一通貨、「法幣」の誕生だ。この幣制改革を支持した英米は中国から銀を購入し、それによって得た外貨準備で法幣の価値は安定した。

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