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ビジネス #伊藤忠 異次元投資の真相

CITICは普通の会社になるか 「赤い資本家」の栄光と没落

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中国一の富豪・栄智健は為替損失の開示が遅れた件で引責辞任した(ロイター/アフロ)

今回の資本提携の主役となったCITICリミテッドは、その前身をCITICパシフィック(中信泰富)という。昨年8月、香港に上場している中信泰富に主な資産を集約したことで、事実上、グループ全体が上場することになった。

中信泰富の有為転変は、CITICという企業集団の複雑な成り立ちを象徴している。CITICは1979年に、当時の実質的な最高指導者であるトウ小平の肝いりで、「中国国際信託投資公司」として設立された。経営を任されたのは栄毅仁。戦前に上海で紡績業を大規模に営んでいた栄家は、新中国建国後も大陸に残った民族資本家だ。

CITICは海外で債券を発行して外資導入の窓口となると同時に、自らも中央政府と直結した立場を活用して不動産開発などで大いに稼いだ。トウ小平からは86年に「栄家は、民族工業の発展に貢献し、歴史を前進させた。そのことを人民は忘れない」との賛辞を得た。

戦前の上海財界で名を馳せた栄家がCITICにかかわっていることは、外資、特に華僑資本を中国市場に引き付けるうえで大きな役割を果たした。その功績により、栄毅仁は93年に国家副主席に上り詰めた。

栄家の財布として香港に別動隊を設立

栄毅仁は「赤い資本家」とたたえられたが、CITICはあくまで国有企業で栄家の所有物ではない。そこで新たに栄家の「財布」として作られたのが、栄毅仁の長男である栄智健が実質的に創業した中信泰富だ。CITICの香港法人に入社した彼は91年、香港に上場していた泰富発展という不動産企業の買収を主導する。その後、同社を中信泰富と改称し、自らも6%を出資した。

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