日本には高すぎる「一つの中国」を崩すハードル 日本政府高官の台湾傾斜発言はかなり危うい

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1951年のサンフランシスコ平和条約は、台湾へのすべての権利、権原、請求権を放棄したが、放棄後の「帰属先」は書いていない。では、日中共同声明がカイロ宣言の履行を間接的に認める文言を入れたのはなぜか。

正常化交渉に外務省条約課長として参加した元駐米大使の故・栗山尚一は、「ポツダム宣言第8項に基づく立場とは、中国すなわち中華人民共和国への台湾の返還を認めるとする立場を意味する」と書く。栗山によれば、中国側は「理解し尊重する」という文言だけでは納得しなかったため、日本側が「ポツダム宣言第8項」を追加。周恩来首相はその意味を「正確に理解し」受け入れたという。これが、日本政府の「一つの中国」政策の大きな輪郭である。

アメリカの政策は台湾の将来について曖昧

これに対し、アメリカの「一つの中国」政策はどうか。日米関係に詳しいマイク・モチヅキ・ジョージワシントン大教授は筆者に、アメリカの「一つの中国」政策は、(1)1972年、1978年、1982年の3つの米中コミュニケ、(2)1979年、台湾への防衛的兵器供与をうたった「台湾関係法」、(3)レーガン大統領が1982年台湾に約束した、台湾への兵器供与の終了期日を定めない「6つの保証」、(4)クリントン大統領が1998年6月に出した、台湾独立を支持しないなど「3つのノー」政策から構成されると説明したことがあった。

このうちニクソン大統領訪中時の「上海コミュニケ」(1972年)は台湾について、「アメリカは、台湾海峡の両岸のすべての中国人は、中国は一つであり、台湾は中国の一部であると主張していることを認識する(acknowledge)」 と書く。日中共同声明同様、中国の主張をそのまま認めたのではなく「中国の主張を了解し反対しない」という意味であろう。

それにしてもアメリカの「一つの中国」政策は、主張とトーンがまるで異なる文書を、1つのおもちゃ箱に一緒に放り込んだような内容ではないか。日本の「一つの中国」政策が、台湾の中国返還にまで踏み込んだ含みがあるのに対し、台湾の将来には曖昧なアメリカの政策とは、大きな差があることを認識しておく必要がある。

アメリカはトランプ時代から現在まで、米台高官の相互訪問を認める「台湾旅行法」など、台湾関与を強化する政策を進め「一つの中国」政策の「空洞化」を狙っている。日本でも、台湾についての国際的合意を指す「72年体制」を、台湾の民主化を理由に見直すよう求める声も出ている。

バイデン政権は、日本に台湾問題でより積極姿勢をとるよう求め、菅政権もそれに従って「親台湾政策」を進めてきた。台湾へ3回にわたりワクチンの優先供与を決定したのをはじめ、政権高官の「失言」も多い。麻生太郎副総理・財務相は2021年7月5日、中国が台湾に侵攻すれば、安全保障関連法に基づき「存立危機事態」と認定し、集団的自衛権の限定的な行使もありうると発言した。

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