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21世紀に入り、私たちが生きる世界はますます複雑になっているように見える。政治やビジネスだけではなく、様々な分野で地殻変動のように変化が起きている今、最も必要とされるのが"人物×人材力"だ。どんな困難に遭遇しようと、最後に頼れるのは自分しかいない。では、各界で活躍するプロフェッショナルたちはどのように自らを磨いてきたのか。第1回はサッカー元日本代表の宮本恒靖さん。現役引退後、スポーツ学の大学院にあたる欧州のFIFAマスターに留学。リーダー育成の貴重な現場を体験した。そんな宮本さんが今考えるリーダーの条件とは何か。
チームをまとめるために
リーダーはどうすればいいのか
―――宮本さんは、選手としてだけではなく、マネジメント力も備わっている印象を受けます。これまでリーダーとして様々なタイプの選手とコミュニケーションをとられてきたと思いますが、チームをまとめる際にどんなことが重要になってくるのでしょうか。
宮本 リーダーの役目というのは、監督とコミュニケーションを密にとって、その考えを選手たちにわかりやすく伝えること、そして、勝つために、みんなの気持ちを1つにまとめていくことです。
チームをまとめるには、選手間でウマが合わなかったりすることもありますが、そこは乗り越えないといけません。勝てば皆がハッピーになることを前提に、ぶつかり合いながらも、まとめていく。リーダーは自分が犠牲になっても、チームが勝つために自分は何ができるのかということを常に考えることが、一番重要な役目になるのです。
―――サッカー選手のような個性が強い人たちをまとめるための秘訣はあるのでしょうか。
宮本 チームの調子が良いときには、リーダーにそれほど仕事はありません。むしろ、調子が悪いときこそ、リーダーの出番になってきます。それも良いタイミングで、いかに心に響く内容を相手に伝えることができるかどうか。そのためにはシチュエーションも考えます。例えば、皆で集中して話したいときは、昼時の高層ビルの見晴らしいのよい部屋ではどうしても集中力を欠いてしまう。そんなときは、同じ部屋であっても、夜の外が見えない時間帯を選んでみる。そうすると伝わり方もぜんぜん違ってくるのです。リーダーは話す際のタイミング、内容、シチュエーションを選ぶことが重要になってくるのです。
褒めるのにも叱るのにも
そうすべきタイミングがある
―――チームをまとめるには、褒めたり、怒ったりのバランスも必要でしょうね。
宮本 言われたことに対して、すぐにリアクションをとれる人もいれば、クサったり、委縮してしまう人など様々なタイプがいます。人によっては試合中に起こったミスに対して、強く言うべき選手もいれば、すぐには言わないで後でじんわり言う場合もあります。ときにはミスを忘れるように促して、気持ちを盛り上げてあげる。人によって言い方を使い分けるところがありましたね。
私も若い頃、ミスに対して、先輩から頭ごなしに叱られることがありました。しかし、私はそうされるとあまり理解できるタイプではなかったのです。私の場合、なぜ悪いのか、きちんとして理由付けがないと、頭に入ってこない。その経験もあり、頭ごなしに言わないように、然るべきタイミングで叱ることに気を使っていました。
―――海外でのチームのまとめ方は、日本とは違いましたか。
宮本 海外のリーダーは日本ほど根回しもしません。自分に付いてこいというタイプが多い。選手もそれぞれ主張するので、あまり空気を読み過ぎると、自分が不利になってしまいます。とにかく選手たちは言いたいことを言います。だから、実力やパワーがあり、皆が一目置くような人が上にくる。皆の尻を叩くのではなく、俺が言うから付いてこいという人が多い印象ですね。
日本で見られるように、いわゆる滅私奉公的な人材は少ないでしょう。謙虚さや人をリスペクトする姿勢は評価されることではありますが、その人に力がなければ、「コイツは使えないヤツだ」と思われるだけです。本来のサッカー選手としての力があって、さらにチームプレイができて、人を思いやるような気持ちもある選手が一目置かれる。そのバランスが海外では必要になってきます。
サッカー選手も毎日
もがきながら自己と戦っている
―――国内外含め、リーダーとしての度量を磨くには、勝つことだけではなく、苦労や失敗を積み重ねることが重要になってきますね。
宮本 自信を持つためには成功体験も必要ですが、失敗から学ぶことも大事です。どうすれば、次はうまくいくのかを考える。もし次にうまくいったとき、自分で修正したこと、考えたことが正しかったことがわかる。そこに自信が生まれてくるのです。
ですから、失敗することは大事ですし、失敗するにはチャレンジする気持ちがなければならない。もしチャレンジが苦手な人がいれば、リーダーはチャレンジできるように促してあげることも必要になります。
―――宮本さんのこれまでの人生の中で、最も苦労されたのはいつでしょうか。
宮本 ザルツブルク(オーストリア1部リーグ)の2年目です。ケガをして試合にも出られない。それは厳しい時間でした。でも、サッカー選手を17年もやっていると、壁というのは、いつでもあるものです。その壁を乗り越えるには、現状がなぜうまくいかないのか分析をして原因を探ってみる。それも自分の主観的な見方だけではなく、客観的に自分を見ることがすごく重要になってきます。そういう作業をすることで自分の課題がより正確に見つかり、現状をうまく把握することができるのです。
また、自分がこうありたいと思うことを常に頭に思い描いてみる。そうすれば、前に向かっていくために、今やるべきことが整理されます。
スランプのときも、ずっと考え過ぎていては、どこかで煮詰まってしまう。ある程度仕方ないと割り切ることも大切です。時間が解決してくれるというところに気持ちを持っていくのです。
私も試合に負けて、その日の夜にミスしたシーンが頭の中で何回も再生されて眠れずに、翌日まで引きずったこともあります。でも、起こってしまったことは仕方ない。ミスを繰り返さないために次はどうすればいいのかという方向に気持ちを向けていくと、自然とネガティブな思考も消え去って、前向きになれるのです。
サッカー選手も毎日もがきながら自己と戦って生きています。調子が悪くて落ち込んだり、調子が良くなったと気持ちを持ち直すことを繰り返している。日々そうやって生きている感覚が強いですね。
FIFAマスターに留学してわかったこと
―――昨年、スポーツビジネスの大学院と言われるFIFAマスターに元日本人選手として初めて留学しました。
宮本 全世界から選抜された30人とイギリス、イタリア、スイスを約10カ月回り、歴史、ビジネス、法学など多くのことを学びました。
例えば、サッカークラブを経営するためには、競技についてだけ考えてもダメで、マーケティングや経営戦略がなければうまく回りませんし、スポンサーやメディア、お客さんの関心も得られません。投資と収益機会を探りつつ、勝つチームを目指して経営力を高めるビジネスモデルを学んだことは有意義でした。さらに、スポーツビジネスをする上で、法律も欠かせないもので、選手との契約に関する紛争の解決など法律のバックグラウンドがないと対応できないことも学びました。サッカーをいろんな面から見ることで、様々な新しい発見があり、日本のサッカー界も改善の余地があることを強く思いました。
―――学んだことで、何が変わりましたか。
宮本 例えば、サッカー場での広告の看板がどのように置かれているのかが面白く見えるようになりました。それが経営状態に大きく関わってくるからです。選手の立場では意識してこなかった競技以外の様々な部分が見えてくるようになったのです。
FIFAマスターには、サッカー選手だけでなく、弁護士や人類学者までスポーツビジネスに関わりたい人たちが学びにきます。そこで学べば、FIFAを始め、世界の一流のスポーツビジネスの現場で働くチャンスが増えるからです。
将来は、監督やスポーツディレクターのような職種にも興味がありますし、私も多くの可能性も持っておきたいと思います。
これからは日本標準だけでは
生き残れない
―――プロデビューと同時に同志社大学に進学し、FIFAマスターに留学するなどほかのサッカー選手とは一味違った道を歩まれてきましたが、どんなことが得られましたか。
宮本 サッカー界だけでは得られない仲間を得ることができました。サッカー選手は普通の人と生活のリズムが違うし、生きている世界もどうしても狭くなります。そこでは見えなかったものが、同志社大学では得られたと思います。
そもそも10代のころから、サッカーをずっと続けていきたいと思っていましたが、サッカー以外のこともきちんと知っているような人間になりたかった。当時はプロのサッカー選手として生きていけるかどうか不安もありましたし、家庭では「きちんと勉強しろ」と言われて育ってきたこともあり、大学進学を決めました。
学生時代はサッカーの練習と講義の往復。サッカーの世界で活躍したいというのは大前提ですが、一方で大学の勉強もおろそかにしたくない。自分の出来る限りの努力をしようと思っていました。
今もそれは変わりません。FIFAマスターも全力で取り組みました。そこで感じたことは、これからは日本標準だけでものを見ていると、自分の世界も狭くなってしまうということです。常にアンテナを張って、世界のいろんな情報を吸収していくべきでしょうし、そうした情報に近づくためにも学生時代に語学を取得することが重要になってくると思います。
和訳された情報だけではなく、自分自身で生の情報に近づけるようになれば、世界は拡がっていきます。そして、可能性を求めてとにかくチャレンジし続けることです。もし良い結果が得られなくても、そこで得られるものは必ずある。それが次のチャレンジに活かされてくるのです。
(撮影:大塚一仁)