40歳「なりゆきで小説家になった男」の波瀾曲折 「ぼぎわんが、来る」はこうして生まれた

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それからは順調に会社で働くことができた。入社して4年半経った頃に、アルバイトから契約社員になった。社内ではかなり遅い昇進だった。

そしてはじめての後輩もできた。

「新人教育をするようになって、人にものを教えるのは大変なんだって気づきました。でも人に教えることが結果的に自分の勉強になるんですね。そして後輩は先輩を選びます。きちんと教えたらついてきます。集団の中で生きていくには信頼されないといけない、と強く感じました」

人間関係には気を配った。ただし社内の政治には関わりたくなかったので、一定の距離を置いていた。

その出版社ではバイトで4年半、契約社員として3年半と、合計8年間働いた。

もともと給料は安かったし、出版不況にあおられて会社の業績も傾いてきていた。

契約社員になった頃に結婚もしたため、このままこの会社で働いていくのは不安だった。そして2011年の夏、大手の出版社に転職をすることにした。

「これが本当にキツかったです。つらい毎日でした」

新しい会社では、いくら打ち合わせを続けても、いざ制作という土壇場でひっくり返されてしまうことが多かった。

どうすればひっくり返されないかを考える日々

会議では“言質を取る”ことを中心に考えなければならなかった。紙面をいかによくするか? ではなく、“どうすればひっくり返されないか”ばかりを考えなければならない。それは苦痛だったし、そんな苦労をしてまで作った本の売り上げも悪かった。

会社は忙しく、なかなか家に帰ることができなかった。ある日、疲れ果てて家に帰ると、突然妻から三くだり半を突きつけられた。

「妻から『離婚しましょう』と言われました。理由は、僕が会社の仕事が忙しくて家庭をないがしろにしているから、だそうです。僕はそのとき、仕事がつくづく嫌になっていたので

『だったら会社辞めてくるよ!!』と言いました」

そして翌日、言葉どおり会社で辞表を出した。家に帰って

「会社辞めてきたよ!!」

と報告すると、妻は、

「私の中ではもう終わってるから、やっぱり離婚してほしい」

と言った。

「正直『やっぱりか』と思うところもありました。新しい会社は8カ月で辞めることになりました。結婚生活は4年で終わりました。何もかも失ってしまいました」

2012年の4月、32歳の澤村さんは、大阪から東京に出てきたときと同じ、無職になってしまった。

「古巣の出版社に『仕事をください』と頼みに行きました。編集、映像編集、ライティングができたので、ぽつぽつ仕事をもらえて、失業保険をもらわずにすむギリギリくらいは稼ぐことができました」

それで、なんとか生活をすることはできたが、フリーランスの1日はとても長かった。

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