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グローバル化やテクノロジーの進化が急速に進む今、世界中で働き方がめまぐるしく変化しています。仕事に追われ、孤独に未来を迎えるのか、協調的に仕事をし、バランスの取れた明るい未来を築くのか。
2025年の働き方の未来図を示しベストセラーとなった書籍『ワーク・シフト』の著者で、ロンドン・ビジネススクール教授リンダ・グラットン氏と、新しい働き方を実践するイクメン社長のサイボウズの青野氏が、ワークスタイル変革や経営者が果たすべきリーダーシップについて意見を交わしました。
『ワーク・シフト』の反響、そしてテーマは「組織のシフト」へ
青野:『ワーク・シフト』を興味深く拝読しました。先生が提唱された3つの「シフト」は個人だけでなく企業にとっても必要です。専門性を習得し続けること、強い信頼関係を大事にしつつ、広くネットワークを築くこと、消費より質の高い経験に価値を置くこと、これらに大変共感を覚えました。
グラットン:ありがとうございます。ちょうど現在、企業組織の改革について本を書いています。
青野:次回作が楽しみです。来日記念セミナーも大盛況でしたが『ワーク・シフト』の反響が大きいのはどの国ですか?
グラットン:日本と中国の反響が大きいです。ロシアや、ブラジルでもよく読まれています。もちろん母国のイギリスでも。アメリカでは、そうでもないようです。
青野:先生のキャリアについて教えてください。もともとブリティッシュエアウェイズにお勤めになっていたそうですね。
グラットン:よくご存知ですね。博士号を取った後、ブリティッシュエアウェイズで心理学者として就職しました。その後、コンサルティング会社で実践的な業務に携わり、32歳のとき、アカデミックな世界に戻り本を書き始めました。当時は、2人の子どもの世話もあり、あまり進みませんでした。少しずつ時間が取れるようになり、7冊の本を書き上げました。『The Shift』(邦題『ワーク・シフト』)は私の7冊目の本です。
サイボウズについて教えてください。
青野:サイボウズは、ビジネスのコラボレーションツールでは欧米の有名企業を抜いて日本でトップシェアの企業です。15年前に3人で創業しました。
グラットン:従業員は何名ですか?
青野:400名以上の従業員がいます。東京の本社以外に、大阪・松山・上海・ホーチミンに支社があります。
グラットン:素晴らしい。日本で求められているものを作っているのですね。
青野:日本にコラボレーションの文化があったからだと思います。
グラットン:そうですね。
青野:世界中の人が『ワーク・シフト』を読んで協調的な働き方にシフトしてくれたら、私たちの製品はもっと売れると思います(笑)。
クラウド時代の働き方の変化、そのポイントとは
グラットン:一般的にIT企業はその他の企業に比べて、組織に関する考え方が先進的です。
青野:CiscoやSAPといったような企業でしょうか?
グラットン:ええ。私がロンドン・ビジネススクールで2009年に立ち上げた「働き方の未来コンソーシアム(共同研究プロジェクト)」でも際立っているのは、SAP、Cisco、IBM、タタコンサルタンシーサービシズ、Wipro、Infosys、ブリティッシュテレコムなどです。若い従業員が多く、優れたテクノロジー基盤上で、新しい方法がうまく働くように考えていることが、理由として挙げられるでしょう。
青野:私たちの会社は人事制度がユニークであることでも知られています。
グラットン:詳しく教えてください。
青野:まず、働く時間を自分で選択できます。働く場所もオフィスや自宅に限らず自由に選べます。
グラットン:どうやってちゃんと働いているかを把握するのですか?
青野:仕事をすべてクラウドで管理しています。会社の情報も、一人ひとりのアウトプットもクラウドで共有できます。会社にどれだけいるかということを今でも重視している企業も多いですが。
グラットン:職場に居合わせないといけないということは、プレゼンティズム(職場で働いてはいるものの、健康状態によって職務遂行力が低下している状態)の問題もありますね。
青野:健康のためにも柔軟な働き方ができるといいですね。
グラットン:私たちは世界中のY世代(1975年から1989年までに生まれた世代の人々)を対象に研究をしました。彼らは、周りから働いていると見られることが重要だと言っています。上海やカリフォルニアなど、働いている環境は異なっても、考え方は似ていました。
青野:働きを認められたい人は多いでしょう。私たちが提供しているクラウドのグループウェアは、姿が見えなくても、メンバーが、いつ、どこで、どのように働いているかを互いに把握するのに役立つシステムです。日ごろの信頼関係も大事です。
働き方変革の鍵は「やってみること」
グラットン:サイボウズの平均年齢はどれくらいですか?
青野:サイボウズの平均年齢は31歳です。日本企業の平均年齢は42歳くらいですが、年齢が高いと柔軟な働き方に変わるのは難しいでしょうか?
グラットン:ブリティッシュテレコムは平均年齢が45歳です。それでも彼らは柔軟な働き方に完璧に変わることができました。若い人たちが多ければ、なお容易でしょう。
青野:鍵となる要素は何だったのでしょうか?
グラットン:試験的にやってみたことでしょうか。ブリティッシュテレコムは、従業員が家やオフィスで柔軟に働けるようにして、1年間その成果を測ってみました。この「まず試験的にやってみる」ということが、とても大事です。その結果、従業員の忠誠心が以前より上昇し、生産性も、顧客満足度も上がったのです。統計的なデータをもってこの制度を取り入れるべきですと役員たちに働きかけることができました。
青野:なるほど。サイボウズも、新しい働き方を実験的に行い、影響を確かめつつ制度化しています。
グラットン:今、私が研究しているタタコンサルタンシーサービシズでは人々が互いにどのような影響を与え合いながら働いているのか、常に実験を重ねています。次の本では、そうした実験の重要性について、事例を挙げながら書いています。
青野:それは楽しみです。サイボウズでは副業も認めています。副業についてはどう思われますか?
グラットン:個人的には良いアイディアだと思います。しかし、多くの企業は副業を認めないでしょう。監視するのが複雑だからです。私の小さな会社では楽しく仕事ができるように認めていますよ。
グラットン教授の子育て論
青野:子育てについて伺ってもよいでしょうか?私には3歳と1歳の2人の息子がいるのですが、どうやって育てようか悩んでいます。
グラットン:小さいですね!私にも2人の息子がいます。それでは私のアドバイスをひとつだけ。できるだけ子供たちと同じ時間を過ごすように努めることです。休みの日には、一緒にでかけてください。私は子どもたちと一緒に世界中をまわっていました。カリフォルニアやアフリカ、オーストラリア…どこでも連れて行きます。いろんな経験をさせることで、子どもたちが一生懸命に働くようになるからです。
青野:『ワーク・シフト』の一つ目に「専門性を高めること」が挙げられていましたが、子供には好きなことだけを、たくさんさせれば良いということですか?
グラットン:いいえ、あまり早いうちから専門性を持たない方が良いと思います。幅広い教育を受けた方が良いでしょう。アメリカの教育制度では幅広く学んでから専門的な分野を絞っていくのがとてもいいと思います。イギリスでは専門性を絞るのが早過ぎます。
変わる経営者の価値観
青野:グラットン先生は、クラウドサービスは何か使っていますか?
グラットン:アップルのクラウドサービスを使っています。チームでは、Dropboxを使っています。昨年ダボスに行ったときに、Googleの元CEOエリック・シュミットが開いたテクノロジーのパーティーで、若い男性に紹介されました。Dropboxを作った人です。私は彼に腕を回して「Dropboxは、私が出会った中で、最もすばらしいアプリケーションだわ」と伝えました。彼はDropboxを売却し20億ドル近くも手に入れています。去年27歳だったので、今年は28歳になっているはずです。
青野:アメリカンドリームですね。私は26歳で起業し上場もしましたが、お金にはあまり興味が持てず車も持っていません。4人家族ですが、部屋が3つしかありません。妻や子供と一緒に3段ベッドで寝ています。
グラットン:どうしてですか?
青野:必要だと思わないからです。
グラットン:いいですね。私の仲の良い友人にとても裕福なIT企業経営者がいます。1つの家にしか住むことができないのに世界中に10の家を持ち、車を何台も所有しています。彼が持っているすべての所有物をどうやって使っているのか、私には理解できません。
青野:ぼくの価値観だと、大量に消費することは、格好悪いことなのです。
グラットン:私もそう思います。私の子どもたちも、車を持っていませんし、運転をしません。彼らは、今22歳と19歳で、車は欲しくないと言っています。ロンドンでは地下鉄が発達していて、皆利用します。東京でもそうですよね。
青野:昔はモノを持つことがステータスだったのだと思います。
グラットン:日本で今高いステータスを示すものは何ですか?
青野:人によって違います。日本の上場企業の中で一番若い26歳の社長は1Kの間取りに住んでいて冷蔵庫も持っていません。
グラットン:お二人のように、他の日本の社長にも振舞っていてほしいです。本当にそのように多くの社長が振る舞っているのか、見てみたいです。日本はポスト消費社会について書く際の良い題材になるでしょう。
私の息子のドミニクは、穴のあいたカシミアのセーターをとても気に入っていて毎日同じものを着ています。
青野:それで彼は幸せなのですよね。
グラットン:はい。学生だからかもしれませんが。もう少し歳をとったときにどうなるかはわかりません。
青野:欲しいものは、一人ひとり違うということを前提にしたほうがいいでしょう。
グラットン:確かにそうですね。賛成です。一人ひとり違うということは、従業員についてもいえることです。テスコという大手小売企業をご存知ですか?彼らは、従業員の才能とエネルギーを活用するため消費者についてと同様にマーケティング的な洞察を従業員にもしています。詳しくは、「デモクラティック・エンタープライズ」とう本に書きました。日本語には、まだ訳されてはいませんが。
青野:「デモクラティック・エンタープライズ」ですか。興味深いです。機会をみつけて学んでみたいです。
経営者の「ワーク・シフト」とは?
青野:「ワーク・シフト」をしていきたい経営者が、これからやっていくべきことは何でしょうか?
グラットン:まず、経営者の振る舞いが最も大切です。人々はリーダーの行動を見ています。リーダーが言ったこと、リーダーが決めた方針、リーダーが行うことに注目しています。手本として振る舞うことが大変に重要です。
2つ目に、会社における人口統計を理解することです。例えばブリティッシュテレコムの平均年齢が45歳なのに対しタタコンサルタンシーサービシズは25歳です。経営者は従業員がどのような人口構成で働いているかということを、気にかけておくべきです。
3つ目は、サイボウズも取り入れつつあるフレキシビリティの導入です。サイボウズのような小さい規模では、そんなに難しくはないでしょう。大企業のタタコンサルタンシーサービシズもフレキシビリティを取り入れようとしています。20万人以上の従業員数で同じことをするのは、ずっと難しくなります。どのようになるのか、とても興味深いです。
青野:彼らはコンピューターシステムを使っているのでしょうか。
グラットン:そうです。彼らは「know me」と呼ばれるプラットフォームを使って、互いに会話をするようにしています。誰でも自分のプロフィールを投稿しコミュニティを作ることができます。
青野:それは私たちのソフトウェアと近いようです。サイボウズの製品もお互いに発信でき、アイディアを共有することができます。
グラットン:それならタタコンサルタンシーサービシズに売ってはいかがでしょう。彼らはいつも企業を買っています。
青野:(笑)私たちもテクノロジーで、多くの企業の柔軟な働き方を支援していきたいと考えています。今は経営者の能力が売上や利益で測られていますが、これからは、それも変わっていくと思います。
グラットン:何に変わると思いますか?
青野:私たちの場合は、どれだけたくさんの人にサービスを喜んで使ってもらえるかですね。
グラットン:使う人のコミュニティを増やすということでしょうか。面白いです。ぜひ、世界にサイボウズのシステムを売り込んでください。
(撮影:橋本直己)