出版社への「飛び込み」が作家への道を拓く 黒木亮もきっかけは「飛び込み」だった

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小説はデビューするのは難しいが、収入面ではノンフィクションやビジネス書より多少恵まれている。単行本のあと文庫本になるので、①連載時の原稿料、②単行本の印税、③文庫本の印税、と同じ作品で3回金が入ってくるからだ。連載の機会もノンフィクションよりは多い。

今、大多数の「平均的な」小説家の場合、単行本の部数は4千部~1万部で、仮に1冊1600円とすると、印税率は通常10パーセントなので64万円~160万円、首尾よく文庫にしてもらえても1万部~2万部で、1冊650円とすれば65万円~130万円。しめて1冊書いて入ってくるのは129万円~290万円で、頑張って年に2冊書いてもこの倍にすぎない。その中から取材の経費も払わなくてはならない(一部は出版社が持ってくれるが)。また増刷がかかるのは10冊に1、2冊しかない。

よく新聞広告で「大増刷出来、20万部!」「シリーズ累計100万部突破!」とか出ているので、本は数万部くらい売れるのが普通だと思っている人が多いが、それはまったくの誤解である。あの城山三郎さんの名著「落日燃ゆ」(昭和49年)でさえ、新潮社の社内会議で初版7千部になりそうになり、担当編集者が「苦労して書いた書下ろしがその部数では」と食い下がって1万部になったのである。

連載のメリット

「平均的な」小説家にとって大きいのは、連載による原稿料収入である。原稿料が一番安いのは純文学誌、次が中間誌(文芸誌とも言う)、まあまあなのが雑誌、高いのが新聞で、1年間連載するとごくごく大雑把に言って、300万円から1500万円になる。

連載を持てない大多数の小説家がどうやって食べているかというと、配偶者が働いていたり、実家に居候したりしているからだ。人生に魔法はない。

ただ作家は朝寝もできるし、会社に行かなくてもいいし、馬鹿な上司もいないし、旅に出ようと思えばいつでも出られるし、「ゲゲゲの鬼太郎」の主題歌のような楽しい生活である。また物をクリエートするのは人間の本能的欲望だが、それが自分の名前で残る。たとえ収入が低くても非常に魅力的な仕事である。

私の場合、3作目からほぼ途切れなく連載を2つくらい(多いときには3つ)持って書いてきた。幸運だったのは先輩作家の高杉良さんが「僕が連載先を紹介してあげるから、どんどん書きなさい」と「プレジデント」「週刊ダイヤモンド」「東京スポーツ」などを次々に紹介してくれたことだ。これで私は作家としてのレールに乗って走り出すことができた(ちなみに高杉さんも、先輩作家の清水一行さんから「僕がいくらでも連載先を紹介するから、早く一本立ちしなさい」と励まされたそうである)。

私が、デビューと生き残りという2つの関門を突破できたのは、もちろん努力もしたが、損得抜きで後押ししてくれた人たちがその時々にいたからである。あの人たちがいなければ、今の私はなかった。陸上競技でも早稲田大学の故中村清監督と出会わなかったら、私が箱根駅伝を走ることはなかった。人生は野心と努力と出会いではないだろうか。

なお最近上梓した『世界をこの目で』に、作家デビューまでの道のり、取材方法、作品の裏話、長距離選手時代のエピソードなどを詳しく書いたので、ご一読頂ければ幸いである。

黒木 亮 作家

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くろき りょう / Ryo Kuroki

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。大学時代は箱根駅伝に2度出場し、20キロメートルで道路北海道記録を塗り替えた。ランナーとしての半生は自伝的長編『冬の喝采』に、ほぼノンフィクション の形で綴られている。英国在住。

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