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キャリア・教育 #野口悠紀雄「経済最前線の先を見る」

本物のメールまで怖くて開けない… 情報漏洩の頻発が招いた「警戒疲れ」の末路、崩れ始めた「ネット社会の信頼」の行く末

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情報漏洩への対応疲れ
世間に広がる「情報漏洩への対応疲れ」。ネット社会を支えてきた信頼が揺らいでいます(写真:わたなべりょう/PIXTA)
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ある日突然、利用しているサービスから情報漏洩の通知が届く。パスワードを変更し、不正なアクセスがないかを調べ、場合によってはクレジットカードの利用状況を確認しなければならない。さらに、利用しているパソコンの電源を切るよう求められることもある。

何が起きたのか十分な説明もないまま、このような対応を迫られても、一般の利用者は戸惑うばかりだ。複数のサービスを利用していれば、別々の企業から何度も通知が届く。そのたびに同じような対応を繰り返さなければならない。時間を奪われるだけでなく、精神的な負担も大きい。こうしたことが何度も繰り返されれば、対応しきれなくなる。

もはや個人の努力では対応しきれない

インターネットの安全性は、利用者一人ひとりが注意深く行動することを前提としている。しかし、情報漏洩がこれほど頻繁に起きるようになれば、すべての警告に適切に対応することは難しくなる。企業の情報管理の失敗によって生じた負担が、利用者に押し付けられているのだ。

ネットサービスを利用するためには、氏名、住所、メールアドレス、クレジットカード情報などを企業に提供せざるをえない場合が多い。ところが、利用者にはそれらの情報が企業内部でどのように管理され、どの程度安全に保護されているのかを確かめる手段がほとんどない。企業を信頼して情報を預ける以外に選択肢がないのが実情だ。

そして、一度でも漏洩してしまえば、その情報を取り戻すことはできない。パスワードは変更できても、氏名や生年月日、住所などは簡単には変更できない。流出した情報が犯罪者の間で売買され、何年も経ってから悪用される可能性もある。被害がいつまで続くのかわからないのだ。

人々は、自分の情報を企業に預ける以外にない。しかし、その企業から情報が漏洩すると、被害を防ぐための対応は利用者自身に委ねられる。情報漏洩の頻発は、個人情報の安全性だけでなく、インターネットを利用する人々の注意力と判断力を消耗させているのである。

このような状況では、利用者がどれほど注意しても、自分の力だけで安全を確保することはできない。安全性の確保を個人の努力に依存する仕組みには、明らかに限界がある。

情報漏洩の頻発は、個人情報の安全性を脅かすだけではない。人々の注意力を消耗させ、インターネット社会への信頼そのものを揺るがしている。被害を防ぐために、人々の行動様式が変化し、過剰反応してしまうのだ。

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