小学生くらいならまだいいが、中高生になるとだんだん、ルーツのある国と日本、2つの文化の間で心が揺れる。日本語をなんとか話してはいるけれど、顔立ちは外国人で、ルーツも遠い国の自分はいったいナニモノなのかと悩む。日本語の上達とともに、母語メインの親とコミュニケーションが取りづらくなってくるとなおさらに苦しむ。ストレスも大きい。日本語がわかるのに(あるいは日本語しかわからないのに)、外国ルーツを理由にいじめられたり、職務質問をされたりといった経験を持つ子供も多い。
また、アイデンティティが定まらないままだと、日本語でコミュニケーションはできても、テストの点数が低かったり、読み書きが伸びなかったりする。生活のための言葉よりも、ものごとを理解し、考え、説明するための「学習言語」は、習得に時間がかかる。本人の根気も、家族や周囲の支えも必要だ。その土台となるのが、自らを肯定できる心の芯であり、母語なのだ。
「母語がしっかりしている子は、日本語も上達していくんです」
日本語の会話に問題がなくても、受験勉強は大変
ただ、アイデンティティを確立できても、やっぱり苦労はつきもの。学習言語を身に付ける時間はどうしても日本人よりはかかってしまう。
「家では母語という子供が多いですから。日本語に触れる時間は日本人の子供より少ないし、知識も足りない」
インターナショナル・セワ・ソサエティーで学んだ子供の中にも、日本生まれで日本語での会話にはまったく問題がないのに、高校に合格できなかった子がいたそうだ。アイデンティティを育みながら、母語と日本語を学び、さらに受験勉強にも挑戦するのは、なかなかに大変なのである。
また、インターナショナル・セワ・ソサエティーでは、ネパール語のほうがわかる子供にも、日本語だけでなく母語もしっかり学んでもらう。母語での基礎知識や学習力があれば、あとはそれを日本語で表現すればいいからだ。どちらにしても、異国暮らしだからこそ「母語」が大切になってくるのだ。
つまり、インターナショナル・セワ・ソサエティーの中には、「主に日本語を学ぶネパール人」と「主にネパール語を学ぶネパール人」が混在しているわけだ。
「もちろん2つのグループは別々です。混乱しますからね。でも、ときどき交流タイムをつくるんですよ」
これがなかなか面白いのだという。


※ログイン後、コメント入力が可能です。