一方で、関わる企業が「何者かわからない」という不安もあるのではないか。ウォーハウンドしかり、ヘルシングしかり、日本国内で生活する多くの人々は、一連の報道で初めて聞いた社名だろう。
人々は、中身を知ろうとするより前に、まずは「得体のしれない相手」として、拒絶反応を示す。そもそも武力に対して、批判的な考えを持つ人であれば、なおさら違和感は強くなる。
そして、素性を調べようにも、日本語で手に入れられる情報が限られていることも少なくない。いくらAIによる情報収集が進んだとは言っても、現代人は忙しく、わざわざ海外報道を調べるまでは行わない。
結果的に、相手の目的や活動をつかめないまま、「よくわからないけれど、怖いことをしようとしている」といった印象論が先行し、不安や警戒を大きくしていくのだ。
なぜ“犬”だと、ここまで怒りが強まるのか
「戦争への忌避」に加えて、「生命倫理」の面でも課題はある。遺伝子を操作し、軍事目的に適した生命を生み出す発想は、命を道具のように扱うものとして受け止められかねない。実際にSNS上には、命を「資源」として扱うことへの抗議も見られた。人間の都合で、犬の能力を変えようとすることへの嫌悪である。
対象となっているのが、日本ではペットとして親しまれている“犬”であることも、反発を強めているのではないか。Xには、犬や猫への愛着をつづりつつ、“戦争向けの犬”をつくることに反対する投稿が複数あった。身近な動物だからこそ、それを軍事利用することへの拒否感は、なおのこと強まる。
加えて、遺伝子操作の先行きが見えにくいことも、不安の対象になるだろう。どのような犬が生まれ、その技術が今後どのように使われるのか。人間に応用する可能性もふくめて、開発の先にある結果を思い描けないことが、「何が起きるかわからない」という不安につながるのではないか。


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