首都圏でも多層建ての気動車急行が見られた。常磐線の上野―平(現・いわき)間を結ぶ急行「ときわ」は、水郡線に乗り入れる急行「奥久慈」と水戸まで併結運転した。貴重な上野乗り入れの多層建て気動車急行として運転され、長大編成で常磐線を走る姿は迫力があった。
電化区間を走った珍しい多層建て気動車急行もある。新宿―河口湖間を結んだ「かわぐち」は、全線電化の富士急行(現・富士山麓電気鉄道)が保有していた急行形気動車キハ58001〜003を使用し、中央本線内は国鉄の急行「アルプス」などと併結して走った。全線電化区間を走るのに気動車だったのは、運行開始当時、中央本線がまだ一部非電化で、「アルプス」が気動車による運転だったためだ。富士急の気動車の中でも63年製の「キハ58003」は、国鉄には存在しないキハ58形唯一の両運転台を有し、後に有田鉄道(和歌山県)に譲渡され、現在は保存されている。
複雑怪奇、山陰の多層建て列車
中京圏から関西へ目を向けると、JR化後も運行を続けた名古屋―奈良間を関西本線経由で結ぶ急行「かすが」は国鉄時代、紀勢本線の白浜行き急行「しらはま」や、草津線経由の京都行き急行「平安」と併結する多層建て列車だった。「かすが」はJR化後も単独運行の列車として残り、99年にはキハ75系に置き換えられてスピードアップしたが、残念ながら2006年に廃止されてしまった。
まさに複雑怪奇というのにぴったりだったのが、京都と山陰本線や宮津線方面を結んだ急行「丹後」だ。京都を発車するときは長編成だった列車が途中で行き先ごとに別れ、それぞれ異なる目的地へ向かう複雑な分割併合を行っていたのが大きな特徴だった。
山陰本線をそのまま直進し、福知山・豊岡・城崎方面へ向かう列車や、舞鶴線に入り、東舞鶴方面へ向かい宮津線に入り、宮津・天橋立・網野・久美浜方面へ向かう列車、さらに東舞鶴から小浜線に乗り入れ、福井県の敦賀駅まで足を延ばす急行「わかさ」も併結していた。

