AI時代の役割分担を考えるうえでは、「AIにできるか、人間にしかできないか」といった技術的な可能性だけではなく、AIにも人間にもできるようになったときに「どちらに任せるべきか」という価値判断が必要になる。
私自身、企業のAI活用を支援するなかで、「AIに仕事を任せた結果、人間側のスキルが失われないか」「どこまで自動化してよいのか」という議論に接することがある。しかし、何をどこまで人間側に残すべきかについては、ガイドラインなどをもとに一定の方向性は見いだされつつあるものの、最終的にはケースバイケースで判断されているのが現状だ。
「できるか」から「任せるべきか」への問いの転換
例として、銀行の融資審査を考えてみよう。仮に、申請者が返済できる可能性を、人間の審査担当者とAIが同程度の精度で予測できるようになったとする。しかもAIであれば、大量の申請を高速かつ低コストで処理できる。
ここまでなら、AIへの委譲は合理的に見える。しかし、「返済可能性を予測できること」と、「融資を認めるか否かという決定までAIに任せてよいこと」は同じではない。
融資の判断は、個人の生活や事業の将来に影響する。判断に誤りがあった場合、誰が責任を持つのか。個々の予測が統計的に妥当だったとしても、学習データを通じて社会に存在する不公平を再生産していたとき、その不公平を誰が是正するのか。こうした問いは、予測精度を高めるだけでは答えられない。
つまり、AI活用では、「技術的に実現できるか」と、「AIに委ねることが望ましいか」を分けて考える必要がある。AIの性能が高くなるほど、この区別はむしろ重要になる。


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