「どんなに嫌われても恨まれても、忘れられるよりまし」という主人公のセリフがある。厳しい芸能界を生きる俳優の本音かもしれない。世間から忘れ去られたかつてのスターが再起を遂げるまでは、惨めな思いをする日が続く。辛酸をなめる悪戦苦闘の日々だった。
しかし、だからこそ、役者の頂点に立つ自身を支える多くの人がいたこと、その人たちがどのような役割を担いどんな仕事をしていたのかを多角的に知ることにつながる。
同時に、昨今のあっという間に消費される社会や、芸能界の表と裏の厳しさが映し出される。メジャーとインディペンデント、主役と脇役など、それぞれの立場の間に生じる羨望や嫉妬、コンプレックスによる軋轢が生々しく映る。それは、どの業界や業種にも渦巻く、ある種の普遍的な感情や思いでもあるだろう。だからつい共感してしまう視聴者が多いのではないだろうか。
そして、その物語には、滑稽さや無様さをカッコよさとするクドカン脚本の真骨頂がある。それが世界で活躍するベテランスターの役所広司の人柄にハマっている。彼をキャスティングした制作陣の狙いは見事に機能した。結果、視聴者の心を打つ名作になっている。役所にとっても新たな代表作のひとつになるに違いない。
パンデミックを描くことの社会的意義
同時に本作からは社会へのメッセージも感じる。
すでにコロナ禍はすっかり過去の出来事になっている。しかし、あの時期に社会が陥った状況を決して忘れてはならない。とくにエンターテインメント業界は、すべての機能が停止するような産業存続の危機にさらされていた。そんな事態がまるでなかったかのような現在でいいのか。
クドカンは2024年に『新宿野戦病院』(フジテレビ系)で、再び未知のウイルスに襲われてパンデミックが起こる事態を描いている。そして本作でも、次なるパンダミック時に混乱する社会を、運命に翻弄される個人の人生を通して映し出す。そこにはこの先もいつ起こるかわからないパンデミックに対する世の中への警鐘がある。
クドカンにとって、パンデミックは震災などの自然災害とともに描かなければならないテーマのひとつになっていることが、本作を通してひしひしと伝わってきた。
それを描き続けることには社会的な意義がある。笑えておもしろい物語のなかに、未来へ向けたメッセージが埋め込まれている。この先の彼の作品にも注目していかなくてはいけない。


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