退院時には全身の倦怠感が強く、食事もほとんど取れない状態で、病院からは数日で最期を迎えるかもしれないとも言われていたそうです。
在宅医療の初日、娘さんからこんな相談がありました。「先生、ステロイドって使ってもらえませんか」。
ステロイドはいろいろな作用を持つ薬で、症状の緩和を目的に使うこともあります。娘さんの話では、病院でも相談したものの、感染症のリスクを理由に使用には至らなかったとのことでした。
確かに、ステロイドによる免疫機能の抑制により、感染症のリスクが高まる可能性も否定はできません。それでも筆者は、病状と残された時間をどう過ごしたいかを踏まえ、ステロイドを使う判断をしました。
治療を始めると、古澤さんの強い倦怠感や苦しさが和らぎ、食欲も戻ってきました。
「ああ、生きてる気がする」
あるとき、うれしそうにご飯を食べながら、古澤さんが言いました。「ああ、生きてる気がする」――。
もちろん、がんそのものが治ったわけではありません。それでも、苦痛が和らぎ、自分の家で、おいしいと思えるものを食べ、娘さんと時間を過ごす。古澤さんは、そんな日常のなかで「生きている」という実感を取り戻せたのでしょう。
さらに、娘さんだけが介護による負担を背負わなくていいように、“しろひげ”では訪問看護や訪問介護などの支援を組み合わせました。医師が状態をみながら症状を和らげ、看護師や介護職が療養と日々の暮らしを支えます。
そして古澤さんは、娘さんや支援者と一緒に、車いすで桜を見に行くことができました。
満開の桜を眺めながら、「来年もまた一緒に見たいね」と涙を流していました。娘さんも「そうだね」と答えました。古澤さんも娘さんも、これが一緒に見る最後の桜になるかもしれないと、どこかでは気づいています。それでも2人は「来年も」と言葉を交わし、その瞬間を一緒に過ごしたのです。
病気の進行を止められなくても、苦しさを和らげることで生まれる時間があります。筆者は、こうしてその人が「生きている」と感じられる時間を取り戻すことも、「人生の延命」なのではないかと思っています。


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