そして82年6月、墨堤通りに沿って連続住棟が完成した。
高さ40mの住棟が1.2kmにわたって連なる姿は注目を集め、雑誌や専門誌でもたびたび紹介された。83年の『住宅ジャーナル』では、「江東の長城」と題して取り上げられている。
商店街や共同利用工場、学校なども整えられ、墨堤通りも拡幅された。住棟の背後には、大規模火災時に約8万人が避難できる東白鬚公園が計画され、86年に開園した。
60年代に始まった構想から、およそ20年。白鬚東地区の再開発はひとまず完成を迎えた。
団地につくられたさまざまな設備
住民も参加して進められた防災拠点には、どのような設備があるのか。東京都住宅政策本部と東京都住宅供給公社の担当者に案内してもらいながら、住棟を見ていった。
まず、住棟と住棟の間を斜めに抜けるように設けられた「白鬚橋門」は、避難ゲートだ。火災の際に地域住民が避難広場へ向かうルートとなり、住棟の隙間のようなゲートを抜けて避難する。
避難後にはゲートのシャッターを閉じ、住棟と一体となって熱風や輻射熱から避難場所を守る仕組みだ。この避難ゲートは、白鬚橋門、寺島門、水神門、梅若門、鐘淵門の5カ所ある。
このゲートについて、東京都住宅供給公社の青柳繁幸さんは、「門があるところは、目印として住棟が階段状になっています。木造密集地域の方がこちらを目がけて逃げてきて、門を通って公園側へ避難する形です」と説明する。
また、住棟には周囲の熱を測る輻射熱測定器や監視用テレビカメラも設置されているという。
避難ゲートを抜けて避難広場の公園に面した住棟脇を歩くと、非常用給水栓設備がある。災害時に蛇口を設置し、非常用ポンプを起動することで、避難してきた周辺住民に飲料水を供給することができる。全部で14カ所設置されている。
しかし、その飲料水はどこにあるのだろうか。
そう考えながら歩くと、ある扉の前に来た。扉を開けると、地下に続く階段が延びている。
白鬚東アパートの防災設備は、地下にもあるという。後編では、普段は立ち入ることのできない空間へと向かった。


※ログイン後、コメント入力が可能です。