高い、黒い、読めない、お菓子に見えない――。売れない理由が見事にそろっていたブラックサンダーは、発売から1年もたたずに生産終了が決定しました。
当時の社内にマーケティングの発想はなく、売れなければ次を出すのが当たり前。終売を惜しむ声も、社内にはほぼありませんでした。九州を担当していた営業マン、森園さんただ一人を除いては。
九州の営業マンが見せた執念の復活劇
今こうしてブラックサンダーが存在しているのは、九州エリアを担当していた営業の森園さんのおかげです。九州地区では終売後もブラックサンダーを求める声が根強く残っており、森園さんはその声を後ろ盾に、何度もしつこく復活を訴え続けました。
当時専務だった私の父は最初、耳を貸しませんでした。売れないうえに現場の手間が増える商品をわざわざ復活させる理由がないからです。それでも森園さんは引き下がりませんでした。
「資材が残っている分だけでいいんです。復活させてください!」と社内で訴え続け、あまりのしつこさに最後は父が折れました。
復活後、商品の内箱を40個入りから20個入りに変更したことで店舗が導入しやすくなり、全国の営業マンの奮闘も手伝って注文が細々と続くようになりました。
大きな転機が訪れたのは2000年代に入ってからです。2003年頃、豊橋工場のそばで育った若い開発担当者が「こんなにおいしいのに売れないのはもったいない」とパッケージのリニューアルを申し出ました。
商品名をカタカナ表記に変更し、「若い女性に大ヒット中!」という思い切ったキャッチコピーを載せたのです。すると2004年、関西の大学生協でお菓子部門の売上1位を獲得する成果が現れました。小学生には「高すぎる」30円のお菓子が、大学生にとっては「コスパ最強」のお菓子としてハマった瞬間でした。


※ログイン後、コメント入力が可能です。