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売れずに1年で生産終了したブラックサンダーが、年間1億本を超える国民的ヒット商品へ成長できた理由

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有楽製菓 代表取締役社長 河合辰信氏
ブラックサンダーを作る有楽製菓・代表取締役社長、河合辰信氏(撮影:今井康一)
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この実績をきっかけに西日本のコンビニへ進出し、2005年には全国展開がスタート。「レジ横のついで買い商品」として定着し、一度は消えかけた「お荷物商品」は大躍進を遂げていくことになります。

全国のコンビニに並ぶようになったブラックサンダーに、誰も予想していなかった決定的な大爆発が訪れます。2008年の北京オリンピックです。

体操日本代表の19歳、内村航平選手がスポーツ紙の取材で好きな食べ物としてブラックサンダーの名前を挙げてくださったのです。知った社員が合宿場に大量送付し、内村選手が北京に持ち込んだことで注目度が急上昇。見事に個人総合で銀メダルを獲得すると、「メダリストの好物」として一躍社会現象となりました。

連日のようにメディアに取り上げられると、全国の店頭からブラックサンダーが売り切れました。注文が殺到し、前年まで年間4800万本だった出荷量は1億本を突破。工場を24時間体制で動かしても追いつかない大パニックになりました。

「どうせすぐ売れなくなる」という社内の予想に反してブームは終わらず、手に入らないレア感がさらに需要を呼び、2011年にはリスクを取って巨大な新工場(豊橋夢工場)を建設する決断へとつながっていきました。

他力の本塁打を自力のヒットへ変える

九州での復活、大学生協でのヒット、オリンピックでの社会現象。ここまでの歴史を見ると、ブラックサンダーの成功は一見華やかな「シンデレラストーリー」に見えるかもしれません。しかし、私はこれを「成功物語」ではなく「棚ぼた物語」であり、奇跡のような「他力のホームラン」の連続だったと考えています。

緻密に設計されたマーケティング戦略があったわけではなく、地道な積み重ねの上にたまたま舞い込んできた幸運でした。

しかし、運頼みの偶然に恵まれたヒットは、会社にとって幸運であると同時に「解くべき問い」でもあります。「なぜ売れたのか」「次も再現できるのか」「自分たちはこの大ブームに見合う力を持っているのか」。この問いに向き合わないまま棚ぼたの果実を享受しているだけでは、ブームの終焉とともに商品は必ず廃れてしまいます。

私たちは奇跡のような幸運に深く感謝しつつも、浮足立つことなく自分たちの足元を見つめ直しました。偶然の幸運に振り回されるマーケティング素人集団から脱却し、確信を持って「自力のヒット」を生み出せる組織へと生まれ変わる――。その覚悟を持って地道な試行錯誤に踏み出したことこそが、現在の有楽製菓の確固たる礎となっています。

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