事務作業で手がいっぱいになった保持研子から「あなた書いてちょうだい」と、明は「創刊の辞」の文章を頼まれてしまった。締め切りは明日の朝で、もう時間はない。
8月下旬の蒸し暑い夜、明は部屋の雨戸を開け放って、一心不乱に筆を進めた。これまで「女だから」と言われて、悔しい思いをしてきたことを思い返しながら、夜明けまでに一気に書き上げてしまう。それは、こんなフレーズから始まった。
「元始、女性は実に太陽であつた。真正の人であつた。今、女性は月である」
このときに考えた筆名が「平塚らいてう」である。
日本を代表する女性解放運動家へ
創刊号が発売されると、「女性による女性のための雑誌」という斬新なコンセプトが読者の心をつかんで、『青鞜』は大きな反響を呼んだ。熱烈な読者からの手紙が連日舞い込み、購読の申し込みも相次いだ。
特に反響が大きかったのが、明が一晩で書いた「創刊の辞」だ。これは時代を超えた名文として、文学史に深く刻まれている。「平塚らいてう」として一躍有名になった明は、その後、日本を代表する女性解放運動家として羽ばたいていく。
心中騒動を起こしたときはどん底だった明が、わずか数年後に、たった一晩で書き上げた文章で「時の人」として名を馳せるのだから、つくづく人生とは何が起こるかわからないものだ。
『青鞜』を創刊した平塚らいてうが切り開こうとしたのは、女性が自分の人生を自分で選ぶ時代だった。宇野千代もまた、恋愛や結婚、仕事に悩みながらも、作家として自分の道を歩み続けることになる。
【参考文献】
平塚らいてう著『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝』(国民文庫)
『新潮日本文学アルバム 宇野千代』(新潮社)
宇野千代著『生きて行く私』(角川文庫)


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