両社が合意に達し東京で調印したのは68年3月11日。この日、盛田はインフルエンザにかかって自宅で療養しており、合意書にサインをもらうため雨の中、盛田邸を訪れたのが、シャインの下でCBSの法律顧問をしていた34歳のイエトニコフだ。ローゼンマン・コリン事務所の若手弁護士だったイエトニコフをCBSに引き抜いたのはシャインである。
シャインはCBSで創業者会長のウィリアム・ペイリーの寵愛を受けて出世した。だがCBS社長のフランク・スタントンとは反りが合わず、71年「CBSを辞めるつもりだ」と盛田に打ち明けた。それは盛田にとって「渡りに船」の話だった。アメリカ法人であるソニー・コーポレーション・オブ・アメリカ(SCA)の社長を探していたからだ。
ソニーがSCAを設立したのは60年。初代の社長は当時ソニーの副社長だった盛田が兼務した。だが急成長を続けるソニーでは社長の井深大から副社長の盛田への権限委譲が進み、太平洋を行き来して両方の市場を見るスタイルは限界に達していた。
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