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なぜソニーは才能を次々と見いだせるのか? 天地真理から山口百恵、松田聖子へ続く「かわい子ちゃんブーム」の原点

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映画フィルムとCDのイラスト
(イラスト 竹田嘉文)

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四半世紀にわたる“受難の時”を経て復活を果たしたソニー。だが、かつての「エレキのソニー」と今の「エンタメのソニー」とではまるで別の会社だ。神話に彩られたカリスマ創業世代なきあと、普通の「人々」はいかにエンタメのソニーを築き上げたのか。その転換点に迫る群像劇。
四半世紀にわたる“受難の時”を経て復活を果たしたソニー。だが、かつての「エレキのソニー」と今の「エンタメのソニー」とではまるで別の会社だ。神話に彩られたカリスマ創業世代なきあと、普通の「人々」はいかにエンタメのソニーを築き上げたのか。その転換点に迫る群像劇。

2025年2月16日、1万人を収容する上海メルセデス・ベンツ・アリーナは超満員だ。

「YOASOBI ASIA TOUR 2024-2025“超現実 cho-genjitsu”」と銘打ったツアーでの、YOASOBI初の中国本土単独ライブ。開演から1時間が経過し会場のボルテージが最高潮に達すると、ボーカルのikuraが日本語で叫ぶ。

「今まで出した声の中でいちばんおっきな声、出してくれますか!」

「ウォー!」

中国の若者たちは、YOASOBIの代表曲『アイドル』の早口言葉のような歌詞を、ペンライトを振りながら大合唱した。多くの観客がサビだけでなく、最初から最後まで日本語で歌い切った。

アニメ『【推しの子】』の主題歌として売り出された『アイドル』はショート動画配信のTikTokで瞬く間に世界に広がった。

23年6月に、米ビルボード・グローバル(アメリカを除く世界チャート)で首位を獲得。同チャートで日本語の楽曲が首位になったのは初めて。1963年にビルボードのHot 100で1位を獲得した坂本九の『SUKIYAKI』以来、60年ぶりの快挙ともいわれる。24年に岸田文雄首相(当時)が訪米した際にはバイデン大統領主催の晩餐会に招待された。

ヒットは計算された方程式だった

YOASOBI誕生のきっかけをつくったのは、12年にソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)に入社した同期の2人。山本秀哉と屋代陽平だ。新人アーティストを発掘するA&Rにいた山本と、音楽配信事業をやっていた屋代は17年、社内の新規事業として小説投稿サイト「monogatary.com(モノガタリードットコム)」を立ち上げた。

レコード会社のSMEが、なぜ小説なのか。屋代はネットメディアのインタビューでこんな主旨のことを語っている。

〈当時、SMEの中で急成長していたのが子会社アニプレックスが手がけるアニメ事業で、アニメがやりたくてSMEに入社してくる若者も多かった。会社が『物語』のポテンシャルに気づき始めたタイミングで、小説は音楽、映像、アニメといろいろなビジネスへと展開できるフォーマットだと考えた〉

「モノガタリー」が主催した投稿小説コンテスト「モノコン2019」で大賞に選ばれたのが星野舞夜の『タナトスの誘惑』で、山本は当時、ボカロP(コンピューターで歌うボーカロイド向けの楽曲を作るプロデューサー)として活動していたAyaseに「この小説を題材に曲を作ってみないか」と持ちかけた。

「面白そうですね」とAyaseが話に乗り、できた楽曲が『夜に駆ける』。この曲にふさわしいボーカルを探したところ、ソロで活動していた幾田りら(ikura)に白羽の矢が立ち、Ayaseとikuraのデュオ「YOASOBI」が誕生した。

公募のコンテストで「物語」を生み出す作家を探し、その「物語」を楽曲、アニメ、映画に展開させていく。YOASOBIの世界的なヒットはまぐれではなく、計算された方程式に沿っているから再現性が高い。

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【音楽業界はソニーの独り勝ち】

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