認知症になってからも、好きな料理は谷口さんにとって大切な日課だった。毎日近所のスーパーへ行き、豚肉やパン粉、キャベツなどを買い込んで、とんかつを揚げる。長男の泰浩さん(62歳)は、当時をこう振り返る。
「母は働き者で、子どもの頃によくとんかつや唐揚げを作ってくれていました。数年前から再び同居を始めたけれど、毎日とんかつはつらい。何より『もう作らなくていい』と伝えてもすぐ忘れて、毎日同じ食材を買ってきてしまう……。正直、認知症だとわかっていても怒りがこみあげて、『頼むけん、何もせんで』と強く当たってしまうこともありました」
谷口さんは介護サービスとして週3日、小規模多機能型居宅介護「なごみの家」に通っている。NPO法人なごみの家・代表の宮川伸吾さんは、家庭の様子を聞いて、どうにかできないかと考えていた。
「なごみの家に通う利用者さんには、これまでの暮らしの中で培ってきた力や、その人だからできることがあります。利用者さんと一緒に昼食を作ると、谷口さんはとにかく料理の手際が良くて何でもできる。特にとんかつがすごくおいしくて、地域の人にも食べてほしくて、子ども食堂で腕を振るってもらいました。
すると、子どもや保護者から『ありがとう』と言われた谷口さんは、とびきりの笑顔になりました。その姿を見た泰浩さんが『家でキツく言うのをやめんとね……』とポツリと漏らしたんです。家では『余計なことをして』と言われてしまうこともある高齢者が、誰かの役に立ち感謝される。そんな経験が、その人の表情や人生の晩年を変えていく。自分の力を生かせる役割と居場所を持つことは、とても大切だと実感しました」
ちょうどその頃、宮川さんは、75歳以上の高齢者が働くビジネスを展開する、うきはの宝株式会社の大熊充さんと出会う。「それなら、一緒に店をやってみよう」と意気投合し、2025年4月、「ばあちゃん喫茶 梅林店」をオープンした。
メニューは「とんかつ定食」のみ
ばあちゃん喫茶の1号店となった梅林店は、福岡市城南区梅林の古民家で、毎週木曜11:30~14:00に営業。メニューは「とんかつ定食」950円のみで、予約制。谷口さんを含め、なごみの家の利用者3人が調理から配膳、片付けまで行う。
谷口さんがとんかつを揚げ、ほかの2人は軽快にキャベツを千切りしたり、味噌汁をついだり。一緒に来ていた宮川さんたちが手や口を出すのは最低限で、そっと見守っていた。


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