かつて国内に90社ほどあった一貫製造のマッチメーカーは、日東社を含めて全国にわずか2社を残すのみとなった。
売り上げ25億→5億、社員150人→40人の決断
現在はマッチ製造で国内シェア8割を誇る日東社だが、1980年代からの需要減を見越して、「広告メディア」のノウハウを生かし、ポケットティッシュや紙おしぼりなどの紙事業へ進出。売り上げの8割を占めるほど安定した事業に育った。さらには、マッチ工場跡地にテニスコートを設営し、テニススクールをスタートするなど、事業を多角化した。結果、グループ全体で年間売り上げ100億円規模にまで成長を遂げた。
しかし2020年、収益の柱になっていた紙事業にも暗雲が垂れ込める。
同業他社との激しい価格競争に巻き込まれて厳しい状況のなか、コロナ禍と原材料の価格高騰のダブルの大波に見舞われてしまう。飲食店は休廃業に追い込まれ、真っ先に削られたのが紙おしぼりの予算だった。街頭や駅前でポケットティッシュを配る光景も、ほとんど見られなくなった。
「当時、予算と実績を比較・分析し、経営目標の達成を強化するために私が講師となって、営業研修も行いました。でも、『値上げすると取引が減りそう』『新商品がないと営業に行きづらい』『新規顧客開拓は難しい』などマイナスの声ばかりが聞こえてきました」(大西さん)
そこをなんとか励まし、社員一丸となって黒字化への努力を続けたが、いくら頑張っても結果が出ない。大西さんの父で、4代目代表取締役の雅之さん、5代目の潤さんは決断を迫られた。
「自社の力だけではもう限界だ。紙事業で築いてきた技術やノウハウをよりよい形で生かしてくれる企業に託すのがいちばんの選択肢だと思う。あちらにとっても強みになる、うちとしても祖業のマッチ事業に集中できる。お互いにとってベストな形で手を打とう」
雅之さんの意思は固かった。先代が起こし、守ってきた祖業への愛着と意地があった。経営陣は2023年3月、紙事業の売却と譲渡という決断を下す。情報漏洩を防ぐため、事前に社員へ相談することはできなかった。「心が痛かった」と大西さんは当時を振り返る。
社員には事業譲渡の2カ月前に伝えられ、突然の知らせに社内はざわついた。
そうして2023年7月、紙事業と全国4カ所の営業所を他社へ譲渡。会社の売上高は前期の25億円から5億円へ下がり、従業員数は150人から40人にまで大幅に縮小した。


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